第152回 (2015年11月)「クリニック潜入調査:バブル淑女達のラビリンス」

こんにちは! 柴田美容皮膚科クリニックの柴田です。秋晴れの爽やかな日が続くようになりましたね。皆様はいかがお過ごしでしょうか? 私はと言えば、先日母の納骨も無事(ではなかったけど)終わりました。無事ではなかった・・・というのは、初盆に続きお坊さんが1時間も遅れて来たのです。初盆は実家でしたが、今回はお墓でお経を上げてもらうので墓場で待ちぼうけ。ご存知の通り墓地なんでカフェを併設している訳でもなく、待っている間コーヒー飲んで溜まったメールの返事を書く・・・というような事もできません。ひたすら外で何もせずに待って時間が漫然と過ぎていく事についイライラが募ります。どうやらお寺の電話や受付をしきっている住職の奥さんがもう80歳近いのでボケてきたらしい。1回時間を変更したんですが前日にも確認の電話をしたのに、お坊さんに本当の時間が伝わってなかったみたい。四十九日の時にも食事の予約が手違いでできてなかったのもこの奥さんの受付だったようで、何回も続いているのでボケてきたに違いない、という話に。私だったらお寺に大クレームですが、連絡を取っていたのは姉と父だったので、ようやく来られたお坊さんにやんわり事情を説明していました。そんな状況でもなんだか和気あいあいと話しているところを見ると、どうもイライラしてたのは私だけらしい。お坊さんを含め彼らのほんわかした緩い時間の過ごし方を見ると「ご先祖様の前でイライラする事もないよ。そんなに急いでも世の中変わる訳じゃないから・・・」って言われてる気がするのが不思議です。どうも死んだ後天国に行って豊かな生活をするのは私ではなく、彼らのような気がしてなりません。「世の中不公平だぁ。神様はホントにちゃんと私の事も見てくれてるよね?」って不安になるのでした・・・。まぁそんな事はともかく。   納骨までは父が入院したりもあったのでバタバタしていましたが、やっと落ち着いて来たので、久しぶりに大好評企画「クリニック潜入調査」を決行する事にしました。今回も潜入先は東京のクリニックに。やっぱり東京は日本の首都だけに情報量や最先端を取り入れる速さも違うので、実際に訪問しても勉強になります。そんな訳でボトックスのメーカーの担当者に「どこか面白そうなとこない?」と聞くと、「ぜひ行って欲しいところがあるんですよ・・・ずっとここはどんなところなんだろうと思ってたんです。ホントに秘密のベールに包まれていて実態が分からないんですが、とにかく気になるんですよねぇ。絶対に誰かに行ってもらいたいんですが、普通の人は行けないみたいで、誰も行った人がいないんですよ」・・・と。うむ、それってもしや、行った人で生還した人がいないという事? もしかすると秘密結社のアジトか? いや、地下組織が非合法活動の隠れ蓑に表向きはクリニックを運営しているのかもしれない。今回は非常に危険なミッションになるかも・・・。「例によって君もしくはメンバーが捕えられ、或いは殺されても当局は一切関知しない。尚このテープは自動的に消滅する」のメッセージが頭の中でリフレインして、ミッションインポッシブルのテーマ曲が流れてきます。身体中のアドレナリンが放出されて気分がハイに・・・。「うん!うん! じゃ、そこにしよう!」ってな訳で、現地に乗り込む前に早速インターネットを使って事前調査です。   しかしそのクリニックは完全会員制で、ホームページも会員以外はトップページしか閲覧できないようになっています。しかもトップページには超ゴージャスなクリニックの内装以外の情報は何も載っていない・・・。あ・・・怪しい! 本当にクリニックなんだろうか?? 超バブリーな内装の映像が流れた後は「この先は会員様しか閲覧できません」という文字が出て、載っているのは問い合わせ用の電話番号とメールアドレスだけ。よく見ると神戸の有名なYクリニックの1階下に、殴り込みをかけるように進出して来た新しいクリニックの、東京の関連病院らしい。早速メールをするも返事がありません。電話しても全然繋がらない。「本当に実在するのか? やっぱり地下組織の隠れ蓑なんじゃない?」と疑いながら何度も電話すると、やっと繋がって出たのは片言の日本語を話す中国人らしき女性。もしこれがGメン75だったら(あまりにも古くてすいません・・・^^;)彼らの本拠地である香港に飛ぶ事になるのでしょうが、予算の関係でさすがにそれは無理です。この機会を逃すと次はいつコンタクトが取れるか分からないので、なんとか喰らいついてようやく予約は取りました。しかし予約を取った後に詳しい場所を聞こうと電話しても、またもや電話が全然繋がりません。もしかするとあの日はたまたま取引があって、現場に誰かが来ていた時に電話が鳴って取引相手と思って電話を取ったが、何を勘違いしたか治療を受けたいという一般人からだったので、慌てて予約を受けたフリをしたのではないか・・・。何やら危険な香りが・・・。 それはともかく、せっかく潜入調査に行くのに本当にここがダメだったらわざわざ東京まで行く意味がなくなるので、もう一軒はまともなクリニックを予約しておこうと、雑誌の美STに載っていたドクターの中からまともそうなDr.Sクリニックを選びました。ここの院長は大学卒業後、大学や関連病院で形成外科を15年以上して、大学の講師や総合病院の部長もした後留学して美容外科を学び、美容に転身したという正統派。フェイスリフト手術が得意な先生らしい。直前に電話したのに予約が取れてラッキー! でも直前に予約が取れるという事は、真面目な先生のクリニックは派手なクリニックより流行りにくいって事ですかね。(去年の流行語大賞のクリニックは1ヶ月待ちだった・・・。)   さて、潜入調査当日。超バブリーな内装のTクリニックには14時の予約だったんですが、13時半になっても電話が繋がりません。仕方ない、トップページに一瞬流れるビルの名前を頼りに出かけるか。本当に辿り着けるのだろうか・・・。タクシーに乗り、ビルの名前を告げる。一応そのビルはあるようだ。14時少し過ぎそうだったのでダメ元でもう一度電話すると、やっと繋がった!「何回も電話してたんですけど・・・」と言うと「すみません、午前中は他のクリニックに行ってたので・・・」。どんな運営してるんだろうねぇ・・・。ビルの前に着くと、一応クリニックの名前は看板に載っています。恐る恐るエレベーターに乗り、その階で降りるといきなりフカフカの絨毯が。ここはホントにクリニックなの?と思うような、ホームページにあるバブリーな内装は嘘ではありませんでした。中国人っぽいスタッフに迎えられましたが、広々とした待合に他の人の姿はありません。私のクリニックもできる限り患者様同士が会わないようにする為に個室を採用していますが、いくら個室でも人の声は多少聞こえますよね。それすらなく、このバブリー空間に全く私一人だけしかいないんです。もし何かあってここで叫び声を出しても誰も助けに来てくれないな・・・。スパイ大作戦だったら、ここでボスの「ミスターX」が登場しそうな雰囲気です。一応、問診票に記入しようと思い目を落とすと記入項目は名前と住所、電話番号だけ。何?これ・・・? そして、日本語片言のスタッフがいきなりカウンセリングを始めます。「どこが一番気になりますか?」と聞かれて「頬のたるみ」と言うと、ミントリフトを盛んに勧められました。スタッフは2人いて、2人とも中国人。どうやら、ここは最近噂には聞く中国の超富裕層相手専門のクリニックらしい。「中国からお金持ちの人がたくさん来るので、私たちがいるんです」と。その後の詳しいカウンセリングは理事長がするとの事。東京に3つ、神戸に1つあるクリニックの理事長らしいけど、ネットには一切情報が出て来ないのは、わざと載せてないんだとか。   ついにミスターX!って感じで登場した理事長は、なんと30そこそこの若さで、思ってたイメージとはかなり違います。額のシワのボトックス以外の治療や首の縦ジワの治療法などを聞くと、額は成長因子の注入、首はマイクロボトックス・・・などと答えてくれたけど、成長因子は韓国製で、量を聞くとなんと当院で使っているFGFの1000倍くらいの単位って、本当かなぁ? 大丈夫なの? 首のマイクロボトックスも100単位くらい使うそうで、去年潜入調査に行った有名なJクリニック(私がボトックス効き過ぎて笑えなくなり、口が歪んだクリニック)よりも多いやん。ホントに大丈夫?? 理事長曰く、ここは新患は取らずほぼ紹介なので、紹介なしでいきなり来られたのは驚いたとの事。彼は北京で3年美容外科をしていたらしい。3人で投資したけど、3人の関係が上手くいかず撤退してここを開いたので、その流れでほとんどの患者が中国の富裕層で、手術や糸などコアな治療はここでして、レーザーや簡単な注入は分院で若手にさせているとの事でした。(分院の院長はほとんどが卒後2-3年目の医者である。)分院の医者は美容デザイナーと名乗っていて、注入の薬剤料は安いがデザイン料を取る。どこをどうしたら綺麗になるかというセンスが必要だから、と。言ってる事は分かるけど、卒後2-3年目の医者が担当するというのは、デザイン以前の問題なのでは? まぁ「技術指導医」っていうのがいるらしいけど。理事長は、ボトックスにしても成長因子にしてもその人の効き具合を見ながらしないと分からないので、長く通ってもらうために会員制にしていると言ってました。言ってる事は分かるけど・・・それよりもお金の匂いがすると感じるのは私だけでしょうか。(だってクリニックって言うよりは、映画に出てくる麻薬王のアジトって感じの超豪華な空間なんですよ・・・ホントに。)   カウンセリングの後、パンフレットを見せてくれました。パンフレットで初めて明らかになった理事長のプロフィールは、私立大学の附属高校からその大学の医学部に入り、まだ卒後7年目の医者。研修医を2年した後すぐに大手美容外科に入り、そこも3年で退職。バブリーな富裕層相手のクリニックは、お金持ちのお坊ちゃまの道楽って感じですかね・・・。そして会員価格を提示されてまたビックリ!! 会員には5つのランクがあり、一番いいエグゼクティブクラスは入会金400万、年会費80万円! 2番目のプラチナクラスは入会金150万、年会費30万。その二つのクラスはロールスロイスでクリニックへの送迎がある上に、羽田空港にヘリコプターでお迎えもしてくれ、送迎費は要らないとの事。(ロールスロイスはともかく、ヘリコプターなんて停める場所あるの? ビルの屋上に実際ヘリコプター停まってるのなんて見た事ないし。どうなってるのやら・・・。)海外の人はほぼエグゼクティブに入るとの事で、そのクラスになると往診まであるらしい。う・・・ん。ここまでバブリーなクリニックは初めて見ました。日本でも25年位前のバブルの頃は、不動産でにわか成金になった人達のバブリーな秘密クラブがあったって聞いたんですがこんな感じだったのかな?(私はその頃は駆け出しの医者でバブルとは全く無縁の生活でしたので、その手の世界は全く分からないんです・・・神様はここでも不公平?・・・^^;)さすがに怖気づいて一番安いコースはどれかな・・・と見るとブロンズクラスというのがあり、それは入会金なしで年会費25万だけど、20万円分の施術チケットが付いてるとの事。「料金について詳しくは一覧表をご覧ください」とあったので「一覧表を見せてください」と言うと、したい施術を言えば教えてくれるとの事で、首のマイクロボトックスは14万円、額の成長因子注入は10万円位と。いずれも会員価格で、会員にならなくても受けられるが、料金が倍位になるらしい。何か受けて帰ろうかと思ったけど、これじゃやっぱり予算的に厳しいので、残念ながらここは施術は諦めて退散する事に・・・。外に出ると秋晴れの爽やかな空に太陽が眩しく輝いています。「今までいた空間はなんだったの?」と思う不思議な場所でした。(昔ラスベガスに旅行した時、カジノのフロアーを見学して外に出た時の感覚を思い出しました。ああいう空間って人間の判断能力を麻痺させるのかな?)ちなみに私がいたのは1時間半位だったのですが、私以外の人影は全くありませんでした。まさに異次元空間、バブル淑女達のラビリンス・・・でした。世の中にはこんなクリニックもあるんですねぇ。   さてそのバブリーなクリニックを後にして、もう一つ予約していた地味そうなDr.Sクリニックに向かいました。閑静な住宅街にある小さなクリニックで、内装も上品です。ここは喰いしばりの治療に、えらだけでなく側頭筋のボトックスもあり、細胞再生注射「FILORGA」というのもあったので興味を持ちました。受付をして、問診票の記入。問診票の記載項目はたくさんあり、病歴や内服中の薬なども詳しく聞かれます。うちの問診票も同じような感じですが、先ほどのクリニックとは正反対ですね。先生はとても優しくてカッコつける様子もなく、質問には丁寧に、学術的に答えてくれます。若く綺麗に見せるには肌を綺麗にする事と、たるみをなくして引き上げる事が大事で、引き上げは手術に勝るものはなく、スレッドリフトは1-2年で戻ってしまうが、手術もスレッドリフトも腕とセンスが必要との事。「大手のS美容外科で、スレッドリフトで高額な費用がかかったのに失敗して集団訴訟が起こって裁判してるから、気をつけた方がいいですよ」と言われました。「手術や糸でなくても、何でもしますよ」と言ってくれたので、喰いしばりと首のボトックス、プラセンタ顔面注射とFILORGAをしてもらう事にしました。FILORGAというのは、アンチエイジングの最高峰と言われるスイスのクリニック・ラ・プレリーで行われている特殊な治療を基に開発されたもので、羊の胎児から抽出した細胞エキスを注射する事で細胞や臓器を活力に満ちた状態に再生させる治療法だそうです。(なんかヨーロッパ中世の黒魔術を彷彿とさせるような話ではあるのですが・・・^^;)ラ・プレリーでは黒い羊をその場で屠殺して胎児の生細胞を治療に使うそうで、瀕死のローマ法王がその治療で元気になった事から、世界中の富裕層が来訪するアンチエイジングクリニックとして有名になったらしい。(やっぱり黒魔術??)そう言えばFILORGAはモナコであった世界抗加齢医学会議でも盛んに宣伝されてました。FILORGAには元気になる注射とシワに効く注射があるらしいのですが、今回はシワに効く方を右手の甲に打ってもらう事にしました。私は8年前に柴田式高濃度PRPを左手だけに打ったので、今でも左手の甲はシワが少なくふっくらしてるんですが、右手の甲はシワシワだったからです。(それを考えると、今では即効性のあるカクテル注射に取って代わられた感のあるPRPも捨てたもんじゃないなぁ。11月のPRPの申請が上手くいくように頑張らなくっちゃ!)もしFILORGAが効いたら取り入れようかな・・・(^^)。   ここではレーザーでも初回は先生がされるそうで、ちゃんとしてる感じです。喰いしばりのボトックスと首のボトックスは私がボトックスが効きやすいと言ったので少なめにしてくれたようで、注入量もちゃんと教えてくれました。プラセンタ顔面注射は両頬と額に打ってもらいましたが、額は痛かった! FILORGAを手に打つのは痛そうだったのでびびってたんですが、塗る麻酔をしたら、額のプラセンタよりはましでした。ここは術後の注意もまともで、ほとんどのクリニックでは注射後すぐにメイクしてもいいと言われますが、ここでは1-2時間は塗らしたり何か塗ったりしないようにと言われました。いろいろ聞きすぎたのか、注射の途中で「もしかして先生?」と聞かれてびびり、何とかごまかしたんですが「あんまり研究熱心だからドクターかと思いました」って言われちゃった。潜入調査ってばれたかなぁ? それでも先生がとても親切で、説明も治療も丁寧だったので、御礼を言ってご機嫌でクリニックを後にしました。   ところが・・・注射の翌日から左の眉が上がりにくくなって、その翌日には瞼がかぶって来たんです。額のシワが左半分だけなくなり、3日後には全く左の眉が上がらなくなりました。あれ?なんで? 電話で先生に聞いてみると、「額の筋肉に行く神経が側頭筋の前の方を走っているので、側頭筋に打ったボトックスがその神経に影響したくらいしか考えられないんだけど、ボトックスが広がるのは直径1cmくらいなのでそこまで広がるとは考えにくいけど・・・。量もそれほど多くないし、よっぽどボトックスが効きやすいんですねぇ・・・。アセチルコリンを注射するという方法もあるのはあるんですが・・・」と親身になって考えてくれて「マッサージなどで少し様子を見て、さらに酷くなるようだったら連絡ください」と。去年口が歪んだJクリニックの超有名なF先生は全く電話には出て来ず、看護師が「徐々に改善するから様子を見てください」の一点張りだったので、えらい違いです。5日後、さらに酷くなってきたのと、ちょうど神経の走っている辺りに触ると痛い箇所があったので、プラセンタ注射の針がたまたま神経に当たったのかも?と思って再度電話し「額の左の方に触ると痛いところがあるんですけど・・・」と言うと「あ・・・プラセンタの注射の針が額に行く神経に当たったのかもしれませんね・・・。ただ、神経に針が当たったのが原因ならボトックスより早く治るので、あと1週間くらいで良くなって来るんじゃないかな・・・。できたら写真を撮って送ってもらえますか? そしたらもう少しアドバイスできるかもしれないので」と。写真を送るとすぐに返信が来て、アセチルコリンの打ち方や、電気で神経を刺激する方法なども詳しく教えてくれました。なんていい先生なんだ! Jクリニックとはえらい違いやん! やっぱり有名なだけではあかんわ。まさに「医は仁術」。誠意というものが大切です。術後にちょっとトラブルがあっても、対処に誠意があるとそんなに悪い気はしませんよね。Sクリニックは今まで潜入調査に行ったクリニックの中で一番まともだと思いました。美容外科とは思えないくらい・・・(^_^;)。  今回は対照的な2つのクリニックを経験しました。カッコいいけど、形から入るタイプの戦略が上手いクリニックと、地味だけど中身のあるクリニック。私はやっぱり後者を目指したいなぁ。地味でも実直に研究を重ね、常に前進を続けたいと思います。「尚、このテープは自動的に消滅する。健闘を祈る!」 これからも頑張りますので、皆様も応援してくださいね!  

第151回 (2015年10月)「時代が変われば・・・」

こんにちは。柴田美容皮膚科クリニックの柴田です。最近は急に涼しくなりましたね。季節の変わり目ですが皆様風邪などひいておられませんか? 私はと言えば・・・この夏は西日本医科学生卓球大会(西医体)という試合が京都であったので、2年ぶりに応援に行って来ました。今年の前半は母の看護で卓球や運動は全くしていなかったんですが、6月に久しぶりに大学の卓球部の新入生歓迎コンパに行って、ちょっとだけ卓球もしたらめちゃ楽しかったので、味をしめてしまいました。春の大会に行けなかった分西医体の応援に行こうと思い、大学のある京都だったら卒業した後輩達も来るかもしれないと思って、後輩を誘って飲みに行く計画も立てました。しかし計画を立てた後から猛暑が襲ってきたので、ただでさえ暑い京都の体育館で熱中症にならないかめちゃくちゃ心配になって来たんですが、試合はちょうどお盆にあり、その週から少し暑さが和らぐという天気予報だったので、予報が当たる事に望みをかけてその日を待ちました。いつもは試合の応援に卒業した後輩達を誘うと卒後間もない後輩しか来ないんですが、今年は卒後20年以上経つ後輩も来てくれる事になり、久しぶりの再会を楽しみにしていました。 さて、試合当日。猛暑は少し和らいだものの、お盆の真っ最中だという事を忘れていて、新幹線がダダ混み。「しまった!」いつもは自由席で十分なのに、指定席を取らないと座れません。何とか京都まで行って体育館に辿り着くと、なんと体育館はめちゃ冷房が効いて涼しいではないか!! いやぁ・・・時代が変われば変わるもんです。私達が学生の頃は体育館にクーラーなどあるはずがなく、卓球と言えば風が吹くとピン球が流れるので窓は閉め切って黒いカーテンを閉めるので、地獄のような暑さの中で行ってたもんです。まぁ・・・熱中症になるかという暑さの中でカーテン閉めて試合するなんて、今考えればありえないような気もするのですが、当時はそれが普通だと思ってましたし、なんだかその環境の中で勝ち抜く「ど根性」こそが賞賛に値すると思われていた風潮がありました。今の若い人に「巨人の星」とか「あしたのジョー」なんかを見せたらギャグ漫画に見えて、きっと笑っちゃうんでしょうねぇ。先日Yahoo!ニュースを見てたら、次期東京オリンピックが猛暑の季節に行われるという事で「アスリート達の健康の事を考えてないのか! けしからん!」と国会で噛み付いたのが、あの燃える闘魂アントニオ猪木さんだったというのも不思議なものです。猪木さんと言えば「星飛雄馬」を超えるど根性推進派と思いきや・・・暑さの中で頑張るアスリートの健康を心配してくださるとは・・・。いやぁ・・・時代が変われば変わるもんです。 そのうち、甲子園もドーム球場になって夏の高校野球は冷房の効いた涼しい環境で試合する事になるんでしょうか? 吹き出す汗をお母さんが渡してくれたハンカチで拭い、試合を勝ち抜いたというハンカチ王子の話もそのうち、レジェンドになるのでしょう。それはともかく、卒後20年以上経った後輩達と再会し(なんと彼らは試合の応援は卒後初めてで何十年ぶり、という単位だったらしい)、昔は体育館にクーラーなんかなかったよねとか、茶髪の子もいなかったよねとか、応援の仕方も変わったよね・・・とか感心しながら、昔話に花が咲きました。試合の方は、ここ数年はうちの大学は女子が強くて男子は下火、朝一番に行かないと男子は瞬殺されてしまう・・・という時代が続いてたんですが、最近は経験者(中学・高校で卓球をしていた子)が入部してきて男子も強くなってきたので、見応えのある試合が多くてとても楽しかったです。試合は3日間あるんですが、ここ数年は3日目に男子が勝ち残る事はまずなかったんですが、今年は結構勝ち残ったので、結局3日間とも応援に通ってしまいました。 試合後の飲み会は、1日目はダブルスのペアを組んでた4年下の後輩とフレンチへ。2日目は7年下の後輩と研修医の後輩達と居酒屋へ。フレンチに行った後輩とは学生時代は大の仲良しだったんですが、彼女は私と違って女らしい性格だったので、めちゃ可愛くてもてそうだったのに「私先輩とちごて(?)今の彼氏と別れたら次ないから・・・」と謙虚に学生時代の彼氏と結婚し、子育てに追われていたので卒後一緒に食事をするのはなんと初めてでした。いくつになってもその謙虚さは変わらず、応援に行った時の体育館では彼女は持参してきたスリッパを私に貸してくれようとし、私が「裸足の方が楽やから」と断っても「先輩がスリッパ履いてはらへんのに私、よう履きませんから・・・何年経っても先輩は先輩やし」・・・と。 うん!うん!これでしょ・・・これ。私達のような「巨人の星」や「アタックNo.1」の時代に育った体育会系の古き良き時代の礼節ですよ・・・。それが「エースをねらえ!」くらいから少しおかしな方向に進んできました。大体あれはいけません。藤堂さんのナンパなイデタチと岡ひろみのほろ苦くも充実した学園生活、(明らかに「勝つ」事より恋が優先されてますよ・・・)そしてなんなんですかねぇ。あのお蝶夫人のゴージャスな生活スタイルは。その後に日本にやってくるバブル時代を先取りしてたんでしょうか? そう考えると「タッチ」はバブル崩壊後に来る低成長時代の「小さな幸せ」を追求してたのかな? いずれにせよ、時代が変われば変わるもんです。 ・・・てな訳で、もう絶滅危惧種として保護されるべき後輩との再会は嬉しい限りです。食事中は、現役時代の試合の話とか、他校の子たちと合同練習と称しては飲み会してた事とか(その頃仲良かった他校の子の息子がうちの卓球部に入部したので、試合で彼女とも会い「わあ~! K君にそっくり!!」と盛り上がりました)、昔話に花が咲きました。彼女は学生時代の事をとてもよく覚えていて、「私が先輩のお誕生日にクッキー焼いたら、先輩すごい喜んでくれはったんですけど、後で先輩すごいお菓子作り上手なん分かって、私のいびつなクッキー喜んでくれはって優しい先輩やな~て思いました」「試合の時に先輩の実家に泊めていただいて、お母様にご馳走作っていただいたり、お父様に車で試合会場まで送っていただいたり、すごい楽しかったん覚えてます~」・・・。卒後一度だけOB戦に誘って卓球した事があったんですが、5年ぐらい前かと思ってたら実は15年前で、月日の経つのは早いな~と二人でしみじみ語り合ってしまいました。 そんな彼女に母の死を伝えた時の暖かいメールを(しつこいですが)紹介しますと・・・「しばんちゃ先輩(私の大学時代のあだ名)、メールありがとうございました。あの明るくてお優しいお母様がお亡くなりになったと伺い、とても淋しいです。先生のご実家に泊めていただいてお世話なり、お料理上手のお母様にご馳走していただいたり、お父様に車に乗せていただいて阪神高速を飛ばしていただいたり、とても楽しかったのが夢のようで、涙が出ます。本当に楽しいお母様と素敵なお父様で、さすが先輩のご両親だと思いました。お二人が先輩をとても可愛がっておられて、誇りに思っておられるのもとても伝わってきました。(それだけでもとても親孝行なことだと思います。)昨日の事のようですが、もう30年も前になるんですね。クリニック通信を拝見して、先輩が常に的確に対処され、一生懸命尽くされて何度も危機を乗り越えて来られた様子が伝わりました。本当にお忙しいのに力を尽くされて素晴らしいと思います。充分以上に尽くしておあげになったと思います。私は父が亡くなった時十分にしてやれなくて正直悔やむ気持ちがありますが(死ぬと分かってたら!もっとすぐに行ってやったのに!もっと強く治療に口出ししたのに!と思います)やっぱりこれが天寿だったんだと思っています。私の父も4月9日、良い時期に亡くなりました。本当にお母様は幸せを感じておられたと思います。天国でも、医師になった娘にこんなによくしてもらった、と自慢しておられると思います。とても残念ですけど、通信を読ませていただいて、素晴らしい人生を素晴らしいご家族に支えられて全うされたのだとよく分かりました。それと、これだけ重大な疾患を抱えながらこのお歳までお元気でいらしたのは本当にすごいと思います。先生がしっかりケアしてあげられた賜物だと思います。素敵な方だっただけにお淋しいと思いますが、きっと先輩の事を優しく見守っておられると思います。ご無理は禁物ですが、お元気を出されますようお祈りしております」うん!うん!うん! ホントに嬉しいよぉぉ。涙ちょちょぎれです。是非皆様のお力添えで、彼女を絶滅危惧種の対象に認定して保護してくださいね。 試合の翌週は高校の同窓会、その翌週は大学の整形外科の有志の会がありました。(なんか飲み会ばっかりしているように思われそうですが・・・。)高校の同窓会では、同級生の男子達は若返った私をわりとちやほやしてくれるので、いつもいい気分で帰って来れます。(美容やってて良かった・・・(^^)やっぱり男が見てるのは外見なのだ・・・^^;)ところが、整形外科の会では全く違います。こちらは絶滅危惧種どころか、地球に隕石が落ちてもしつこく生き残るようなコアなおっさん達ばかり。そして私はその中の紅一点のはずが、なぜか全く男扱い。飲みに行くと言ってもお姉さんがお相手してくれるスナックとかの類だし、話題もシモネタは勿論の事、お遊びの武勇伝の類なんかも全然平気です。あぁ・・・思えば私の不幸も、この整形外科の世界に入った事から始まったのかなぁ・・・^^;)。(それはまぁ冗談です。これはこれで楽しい世界なんですよ。)この有志の会は、後輩のT君が病気になってしまったので、少し回復したT君を囲んで久しぶりに仲良かった先輩後輩で集まって食事をしようという会でした。しかし最初は7人の予定が、大学の医局長をしているF君が当日急に仕事が入ってキャンセルに。(医局長っていうのは教授の小間使いみたいなもんなんで、「どうせ我儘なK教授に何か急に仕事を言いつけられたんだろう」とみんな哀れんでました。いまだに大学って白い巨塔なんですねぇ・・・。)もう一人O君も病気になって2週間の絶対安静を指示されたらしくキャンセルになり、5人の会になってしまいました。 集まってお酒を注文する段になり、大酒飲みだったH君が「あ、僕ノンアルコールで・・・」「あれ? どうしたん? 車?」H君が飲み会に車で来るはずがないのでみんなが不思議がると、H君はニコニコしながら「一生分飲んでもて、肝臓いわしてもうてん。一時精神的に荒れてね・・・。浴びるほど飲んでたら、γ-GTP(肝機能を表す検査値)が3000超えてしもて」「えーっ!?? 3000???」医者仲間もびっくり。γ-GTPの正常値はだいたい10から50で、いくら悪くても1000を超える人は見た事がありません。そう言えばH君はストレスに弱く、一緒の病院に勤務していた時も、周りの医者が変な奴ばっかりだったので「飲まなやってられっか~い!」を連発してたなぁ・・・。しかし7人中3人が大病を患ってるなんて、まさしく医者の不養生ですよねぇ。(会の後半で、「やっぱりみんな検診には行きましょう・・・」という事になりました。忙しくて行く暇もないのが現状なんですが・・・。)そんな中、60歳を過ぎた先輩のO先生が一番元気で「今日もゴルフ、ワンハーフ(1ラウンド半)回って来たわ!」・・・いつも若い先生達と遊んでるからかな?(そして皆様、この写真の中で誰が一番若いと思います? ・・・実は白髪の爺のようなK君が一番若いんです! いつもニコニコしてるけど、苦労してるのかなぁ? やっぱり白髪とハゲの研究はみんなのために進めなきゃ、と改めて思いました。) まぁそんな典型的な男社会の整形外科から私のような美容に転身する医者が出てくるのも時代が変われば変わるもんだ・・・の典型なのかもしれません。私のいた頃の医局と言えばすごい縦社会でして、医局の離脱は医者失格の烙印を押されるような雰囲気でした。ましてや美容の世界に行くなんて言ったらもう「破門」されてもおかしくないという感じ。今では医局に入るのも出るのもかなり自由になって来たようですし、理不尽な先輩からの要求に我慢するという風潮も少なくなったと聞いています。そんな時代の変化の中で、かつての盟友である整形外科の諸氏も単なるおっさん達ではなく、時代に合うように努力していました。私のように旧世界から飛び出してしまうのも変化ですが、そこに残って時代に合うように色々な事を改善し続けるというのも変化なんだと久しぶりに会ったみんなと話をして痛切に感じた次第です。そんな古き時代の盟友の一人から後日電話が・・・。「あのなぁ・・・最近な・・・俺の目尻のシワと頬のたるみ、ひどなったと思えへん? これってお前んとこ行ったらなんとかしてくれるん? 別に、今更若い子にモテたいとかと違うで。俺らでも一応接客業やしな。あんまりブサイクな顔見せるのも失礼ちゃうかと思てな・・・^^;)。あ・・・医局の同門の奴らには言わんといてくれよ・・・な!」へぇ・・・彼がこの歳になって外見を気にするようになるとはねぇ。いやぁ・・・時代が変われば変わるもんです。 これからも変わり続けるクリニックを、皆様も応援してくださいね!

第150回 (2015年9月)「若さとストレス」

こんにちは! 柴田美容皮膚科クリニックの柴田です。今年の夏は、異常に暑かったですねえ。この数日はちょっと気温も下がって朝晩は涼しくなりましたが・・・。毎年母が「お盆済んだらちょっと暑いのましになるねんで」と言っていたのを思い出します。本当にその通りですね。でも、おそらくまたぶり返しもあると思いますので、皆様も体調を崩されたりしないように、ぜひプラセンタやビタミン点滴で熱中症を予防してくださいね。 私はと言えば・・・8月初めに母の初盆で実家に帰ったのですが、あまりの暑さで倒れそうになりました。先月号でお話したように、実家の片付けは姉に任せる事にして放置したので3週間ぶりに帰ったんですが、その間片付けの苦手な姉が結構頑張ったようで、仏間と玄関だけはだいぶ片付いていました。(クリニック通信を読んだからかな? しかし根本的な片付けと言うよりは、ここにある物を他の部屋に移動した・・・というのが実態なので、移動された部屋は物で溢れていましたが・・・^^;) しかし、実家は1階に部屋が5つもあるのに、クーラーの付いている部屋は2つしかありません。襖を開け放して扇風機でクーラーの冷気を隣の部屋に送るしかない。その上お坊さんが約束の時間より1時間半も遅れて来て、待っているだけでぐったり。しかも上記した通り他の部屋は物が溢れているので、それを隠すべくお坊さんが来たら襖を閉めないといけなくて、暑くてたまりません。母は暑がりだったので、「暑い、暑い」と言いながらこのお経を聞いているんだろうなぁ・・・と思いつつ、私もそのお経をBGMに母が生きていた頃の事を色々と思い出していました。その後、家族で食事会という事で「がんこお屋敷店」に行ったんですが、外に出ると灼熱地獄! そんな中で父が「鍵がない」と探し出すし、父が鍵を探している間に、いっぺんに日焼けしてしまいました。(思わず翌日、新しいUV対策ローションの調合を考えてしまいました・・・。) ところで皆様は「がんこお屋敷店」って知ってます? 最近は知る人ぞ知るという感じですが、がんこの創業者がその人脈を駆使して古い邸宅(中には国の指定する重要文化財もあるようです)を借りてちょっと高級な雰囲気の和食店にしているのです。古い邸宅と言えば、私のような庶民には縁がありませんが、維持費は想像以上にかかるようです。おまけに設備が近代的でなく使いにくい・・・かと言って先代から受け継いでいる遺産を簡単に処分する事もなかなかできない・・・という事で扱いに困っているオーナーは結構多いとの事です。そこに目をつけた(さすが!)がんこの創業者がオーナーに話をつけて安く借り受けし、「お屋敷型和食店」に改装して営業しているという事です。そんな訳でそこには古きよき時代の大邸宅の雰囲気が満載で、料理以外にも、タイムスリップして昭和初期(場合によってはもっと古い時代)のお金持ちの生活も体験できる・・・って事で、最近は結構人気があるようです。お屋敷店は宝塚や三田、大阪、京都、和歌山にもあり、新宿にも美容家の草分けである「山野愛子邸」などがあるみたいです。 ・・・って、なんだか「がんこお屋敷店」の宣伝みたいになったのですが(がんこの関係者の方がこの通信を読んでたら、ぜひ招待券を送ってください!! そしたら来月号も宣伝しますよ・・・(^^))、私もこの事を知ったのはホントに偶然でした。母の四十九日の法要で実家近くのお寺に行った際、お寺の人の手違いで法要後の食事が予約できてなかったんです。それで仕方なく急遽探したお店が「がんこお屋敷店」でした。母が豊中のがんこが好きで、父や姉家族とよく行っていたので「石橋にもがんこできたよね」と探すと、そこが「お屋敷店」だった訳です。 お店の情報を見ていると、「Nエンジニアリングの創始者N氏の邸宅を改装し・・・」という記述に目が止まりました。「?? Nエンジニアリング? どこかで聞いた事あるな・・・。もしかすると・・・」なんと、高校の同級生N君のお爺さんの邸宅だったんです! しかも、広い庭付きのめちゃ豪邸。ええ! N君ってこんなお金持ちの家系やったん?? とびっくり。(庶民の私だって、同級生に一人くらいセレブがいるもんなのだ! 私は全く部外者にも拘わらず、急に「華麗なる一族」の登場人物になったような錯覚に陥りました・・・^^;)久しぶりにN君に連絡を取ってみると、「そうなんです。そのお店は祖父母の家になります。祖母がずっと住んでいたのですが、7年前に100歳で他界し、そのまま誰も住まない状態でした。住宅としては現代的ではなく、空調すら 2部屋にしかなく誰も住みたいと思う家ではなかったんですよね。管理会社に管理だけお願いして、維持費だけがかかる状態で困ってました。とは言え、祖父が自分の仕事の威信をかけて作った家なので、皆残したいと思いつつも、このままではそのうち解体もやむなし・・・との思いもありましたが、縁あってがんこさんに借りていただける事になったんです」 へぇ・・・って事は一応オーナーな訳だ。そこでつい、「へぇ・・・じゃ、N君に頼めばなんか特典とかあるの??」と、いかにも庶民的かつ大阪のおばちゃんのような発言をしてしまったのですが・・・。「はは・・・^^;)基本和風ファミレスなんで、なかなか特典は期待できませんが、店長に言うだけ言ってみてください。(「そうですか」ぐらいは言ってくれると思います。)まぁ、あの家を片付けるのに、3か月位休みの空いている時間をほとんど使いました。本当に大変でしたよ・・・それはそれは・・・」と特典はさらりとかわされ、おぼっちゃまの苦労談をお聞きする事に。(電話を切った後は、やっぱり私は「華麗なる一族」って柄じゃないよねぇ・・・と自嘲気味になるのでした・・・。)それはともかく、大邸宅でも空調が2部屋しかないと、なかなか大変ですよね。(この部分だけは私の実家と同じだな・・・^^;)でも改装して「がんこお屋敷店」になった後はもちろん全館空調は効いてますし、庭やお部屋はとても綺麗で、特に応接間だった部屋は超豪華です。特典はさらりとかわされたものの、やはりN君の口利きでこの一番いい部屋を取ってもらって、綺麗な庭園を眺めながら食事する事ができました。ラッキー! ところで話は全く変わるのですが・・・この暑い中、大阪で開催された美容皮膚科学会に参加してきました。大阪は神戸より数段暑かった! まぁ京都よりは若干ましかもしれませんが。今回は企業のスポンサーの付いた宣伝臭い講演が特に多かったんですが、ビタミンA入り化粧品にトラネキサム酸を混ぜると炎症が減ったという報告から、トレチノインにトラネキサム酸を混ぜたらいいのでは? というヒントとか、リノール酸がアトピー性色素沈着に効いたという報告から、肌の弱い人の美白にいいかもとか、トレチノインの新しい使用方法や脇ボトックスの工夫など、それなりに応用できそうな情報は得る事ができました。しかし、一番印象に残った講演は、女優の紺野美沙子さんの特別講演。「人として美しくあるために心がけている事」・・・早寝早起き、食事は旬の野菜に凝って、4階までは階段で上がり、「老いは背中から来る」と言われた事があるので、特に姿勢に気をつけている。いつも機嫌良く、頑張りすぎず、いい意味でのいいかげんさを持つ。若さを保つためには、気持ちを若く持ち、いかに心ときめく時間を重ねていくかが大切で、自分らしく明るく前向きな人、心に余裕がある人が美しいと思う。そんな人を目指しているのだそうです。確かに、「気持ちから老いが来る」ってのは本当ですよね。当院に来ていただける患者様も「気持ちが若い」方はやはり外見も若い方が圧倒的に多いように思います。勿論、外見が若いから気持ちも若くなる・・・って事でもあるので因果関係はともかく、この2つに相関関係があるのは明らかだと思います。 そして更に不思議なのが、「気持ちが若い」のは「外見の若さ」と関係はあるのですが、「ストレスを抱えている人」が必ずしも「外見が老けている」とは限らない、という事です。「ストレスは万病の元」と言われる事がありますし、「ストレスが原因で老けこむ」って例も多数あります。しかし、「外見が若々しい人」を見ていると、ストレスは殆どありません・・・って言う人は見た事がありません。もう少し正確に言うと「ストレスは非常に多い生活をしているが、それを内側に溜め込まず自分を奮い立たせるエネルギーとして利用できている」って事ですね。聞いたところによると、長嶋茂雄さんって野球界のスーパースターがおられますが(まぁ・・・古い話ですよねぇ・・・今の方は名前は知ってても現役時代の事はまず知らないでしょうけど・・・)、なんでも現役時代に残した成績(ホームランの数とか打率とか)であれば長嶋さんを超える選手は他にも多くいたのですが、スター性は彼が圧倒的だったそうです。その理由は大チャンスの時に強い・・・って事のようです。有名どころでは天皇陛下がご覧になったという天覧試合ですが、あまりにもすごい話なので、ちょっと長いのですがWikiPediaの記載を引用させてもらいます。 「昭和34年(1959年)6月25日(なんと私の生まれ月!)、後楽園球場で読売ジャイアンツ(巨人)対大阪タイガース(阪神)第11回戦、いわゆる「伝統の一戦」が天覧試合として催された。昭和天皇並びに香淳皇后が後楽園球場のバックネット裏貴賓席に来場し、19時より試合は開始された。また、当日の後楽園球場では鳴り物応援が禁止されており、球場の雰囲気も普段に比べとても静かであった。先発投手は巨人が藤田元司、阪神が小山正明とエース同士の対決であった。試合前には両チームの監督・コーチ・選手全員が内野付近に一列で整列し、貴賓席に現れた天皇・皇后に一礼をしてから試合が始まった。試合は点の取り合いとなり、3回表・阪神が小山自らの適時打で先制点を挙げる。その後5回裏・巨人が長嶋茂雄と坂崎一彦の連続本塁打で逆転すると、6回表・阪神が三宅秀史の適時打と藤本勝巳の本塁打で4-2と逆転する。7回裏・巨人は王貞治の本塁打で同点(4-4)に追いつき、阪神は新人・村山実をマウンドに送る。同点のまま9回に入った時には21時を過ぎていたが、天皇・皇后が野球観戦できる時刻は21時15分までであったため、延長戦に突入した場合は天皇は試合結果を見届けられず、途中退席になる可能性があった。しかし、21時12分、9回裏、先頭バッターの長嶋がレフトポールぎりぎりにサヨナラ本塁打を放ち、5-4で接戦に終止符を打った。天皇・皇后は試合結果を見届けた上で、球場を後にした。」 な・・・なんですかこの展開は!! 最近の映画やドラマでもこんなラストシーンはないでしょう。もしあったら「出来すぎ!」ってそっぽ向かれるでしょうけど、事実は小説より奇なりって本当なんですね。この究極のストレス状態でホームラン打つ人って、そりゃスーパースター以外の何者でもないですよね。小説と言えば「華麗なる一族」の作者である山崎豊子さんは、この通信でも何度か登場した、医者の世界を描いた「白い巨塔」の作者としても有名です。どちらの小説も「ドロドロとした人間関係と陰謀と策略」を描くと天下一品の名作です。その小説の中でも魅力的な主人公は常にストレスにさらされていて、ここぞ・・・というところでそのストレスをエネルギーに変えて活躍します。考えてみれば美容の世界の治療も多くは「体の一部に刺激を与えたり、壊す事でその反応として組織再生を促す」というもので、ストレスの利用以外の何ものでもありません。「若々しく生きる」というのはストレスを完全になくすのではなく、ストレスをどうコントロールして良いエネルギーに変えて行くか・・・がテーマなのだと思うんです。そう言えば母も一発勝負に強く、ストレスをエネルギーに変えるのが上手かったので、たくさん病気を持っていても長生きできたのかもしれません。「80過ぎてもシワないやろ!」といつも得意げに言ってました・・・。私も一発勝負に強いのは母譲りと言われているので、ストレスをエネルギーに変えて若さを保っていきたいと思っています。今後もストレスをどうコントロールするかを含めて治療にどう取り入れていくのか・・・という事も、私の研究テーマになると思います。乞うご期待! 皆様も是非ストレスをコントロールして、若々しい生活を送ってくださいね。

第149回 (2015年8月) 「香りの科学」 

こんにちは。柴田美容皮膚科クリニックの柴田です。急に暑くなりましたが、皆様は体調など崩されていませんか? 暑くなると、汗の臭いが気になりますよね。この季節になると友人の会社では、若手社員A君の体臭がかなりきつくなるそうで、鼻のいい女子社員のクレームがすごいんだそうです。私はそれほど臭いに敏感ではないので人の体臭はあまり気にならないんですが、世の中、鼻が超いい人っているんですよねぇ。うちのクリニックのスタッフも2名はその超臭い敏感タイプで、しょっちゅう悪臭に関して嘆いています。ここまで敏感だとかえって不幸だと思うんですが・・・。そのA君は日頃から汗かきな上、一生懸命動いたり緊張したりするとドッと汗をかくので、性格はいいのに鼻のいい女子から非難されたりするかわいそうなキャラだそうで、ちまたでは「アロマペンダント」なる物が流行っているのでA君にアロマペンダントを付けさせようなんて話が出ているそうです。なんとも気の毒な話ですが、鼻のいい人達にすると死活問題らしく、かなりまじめに議論されてるみたいです。そんな季節の中にあって最近、クリニックの隣のヨガ教室で改修工事があり、塗料などの悪臭が流れて来ました。さすがに診療中は困るので、「なんとかして欲しい」と苦情を言うと、アロマディフューザーを貸してくれたんです。使ってみると「おや・・・?」花の香りがふんわり漂って、なかなかいいではないですか。以前患者様から「注射の時は緊張するから、アロマとか焚いてくれたらな~」と言われた事があり、導入しようと思いつつ忙しさにかまけて延び延びになっていたので、早速アロマディフューザーとエッセンシャルオイルを買ってみました。 そんな時、姉から電話がありました。ちなみにこの通信には私の身内では先日亡くなった母はよく登場していますが、姉の話はほとんど書いた事がありません。なので、ちょっとばかり姉の予備知識を入れておかねば話がうまく伝わらないかもしれませんので、解説を加えますと・・・。姉と私は姉妹でありながらかなり性格が違います。ま・・・正反対と言ってもいいかもしれません。私の方はサバサバ即決型の男子タイプですが、姉は優柔不断で典型的な女子タイプです。ちなみに私の性格は母親にそっくりなんですが、姉は父親にそっくりです。まぁ、父と母はこうも性格が反対なのに、よく夫婦を50年以上続けられたなぁ・・・と感心するのですが、性格が反対というのが実は長続きには良かったのかもしれません。その姉ですが、すごく心配性で「これはなんか詐欺かもしれないから絶対に気をつけなきゃ・・・」と何かと臆病なくせに、雑誌などで話題になるが理屈の分かっていない「体の毒素を排出し、元気もりもりになる魔法の水素水」とかの類は熱烈に支持して毎日律儀に使っています。先日亡くなった母の遺品を整理しようとしたら、全然使わない古い食器でも「これは思い出の品だから捨てられないなぁ・・・」と言い、私ならためらいなく捨てるボロボロの衣類でも「どうしても捨てるんだったら写真とっておかなきゃ・・・」と言って断捨離ができない人です。言うまでもありませんが、買い物なんかでも迷い倒し、付き合ってたらいくら時間があっても足りません。・・・って言うと、なんとなくどんなタイプか想像できました? 家事も苦手で何でも時間がかかるのですが、親にしてみると手のかかる子ほど可愛いらしく、成人してからも親が常に姉の面倒を見、親が病気になったりすると私が親の面倒を見る・・・という状態でした。それでも優しいところは父親似で、誕生日なんかにはこまめに手書きのカード付きでプレゼントをくれたりします。誕生日でなくても家族の好きな物は覚えていてこまめに買ってくれたりし、メールはもちろん絵文字が溢れています。母や私と違って文句があってもはっきり言わないし、怒ったところはあまり見た事がありません(これも父親似)。母もよくクリニックのスタッフに姉の説明をする時は「姉ちゃんはこの子(私の事)と全然違うねんで。この子は男みたいやけど、姉ちゃんはおとなしぃてフニャフニャしてるねん。そやけど優しいで。この子みたいにすぐ怒れへんねん」って言ってました。(う・・・ん。この通信は姉も時々見ているので、事前に言ってフォローしておかなきゃいけないかな・・・。まぁそういう心配が必要なタイプの人です・・・。) 前置きが長くなったのですが、その姉によるとなんでもボケを改善するアロマが検証できたというテレビ番組を見て、父に使ってみようと・・・。(こういうのに影響を受けやすいのです・・・分かりますよね?)母が亡くなってからは、90歳になる父ががらんとした広い一軒家(と言っても要らん物が溢れていて、実際にはがらんとはしていないのですが・・・)で一人暮らしになってしまい、父は今までしっかりしていたのに急に物忘れがひどくなったので、藁をも掴む・・・という感じです。調べてみると、鳥取大学のU先生の「認知症にアロマが効く」という研究発表が話題になっているようですね。適切な香りをかぐ事で嗅神経を刺激して嗅神経と繋がっている海馬(脳の記憶を司る部分)も活性化するという事らしい。近年の研究では、認知症を発症すると最初にダメージを受けるのは嗅神経である事が判ってきたそうです。嗅神経のダメージが海馬に伝わり、認知症が悪化するらしいのですが、嗅神経は他の脳神経とは異なって再生能力が高く、嗅神経を刺激する事でその機能を再生させればそれに繋がった海馬も活性化し、認知症の予防・改善に繋がるという事です。U先生はどんな香りが嗅神経に良いのかを分析して、選んだ香りを認知症の患者にかいでもらう実験を繰り返し、ローズマリー・レモン・ラベンダー・オレンジの香りを認知症患者10人に1ヶ月間かいでもらったところ、認知症の治療薬とほぼ同等の効果が確認された、という研究論文を2005年の日本認知症学会誌に発表したそうです。嗅神経が脳の神経と直結しているという事は私も日常生活でよく体験します。一番典型的なのは「ある香りをかいだ時、昔その香りをかいだ時の記憶が鮮明に浮かび上がる」という事です。草の香りをかいだ時、子供の頃に草むらで遊んだ状況を急に思い出して、「あぁ・・・あの時の香りだ!」っていうような事ありませんか? 人間の脳がそんなに古い記憶を持っている事にも驚きますが、そのような記憶は普段は脳の奥にしまわれていて出てくる事はありません。ところがその時にかいだ同じ草の匂いをかぐ事で当時の記憶が鮮明に蘇ってくるから不思議です。逆の理屈でいやな記憶を消したい時は、それにまつわる匂いを排除すべきですね。別れた彼氏を早く忘れたかったらその人の匂いは完全に抹殺すべきです。何かの拍子に元彼が着ていたTシャツとかが出てきてその匂いをかいでしまったら、彼との思い出が蘇ってノスタルジーの罠から抜け出せなくなるかもしれませんからね・・・。そう言えば後輩に「今の彼とは遠距離恋愛であまり会えないので、彼の着たTシャツをジップロックに入れて時々匂いをかいで彼の事思い出したりするんですけど、私って変態ですかねぇ?」って相談された事がありました。その時は「誰にも迷惑かける訳じゃないし、いいじゃん。私達女医の変態度なんて、男の医者の変態度に比べたら大した事ないよ。ノーマル、ノーマル」って言ってあげたら「あぁ・・・そうですよね。T先生やK先生の変態度に比べれば全然問題ないレベルですよねぇ!」って妙に安心してました。(ま・・・世の中の医者の名誉の為に言っておきますと、大部分の男の医者はノーマルです。ただ、中には変態が混じっていて、なぜかそれを悪びれる事なく表に出している人がごく少数いるというのも事実なんです。医者の世界ってやっぱり特殊なのかもしれませんねぇ。)いずれにせよ、この後輩はちょっと変態的な使い方ではあるが、独自の方法でアロマ療法(?)を効果的に実践していたという訳です。 そんな訳で、記憶と匂いは密接な関係があるという事は研究者の間では昔から言われており、香りを使って記憶力や脳の活動を高めるという研究は盛んに行われています。そう言えば先般テレビで「甘い香りをかぐと人間の脳は理性を司る領域の活動が鈍って理性的な行動をとりにくくなるので、それを利用してブランド物など高級品を売っているお店では店内に甘い香りを漂わせている」って紹介されてました。甘い香りをかぐ → 理性的な判断が鈍る →後先を考えずに散財してしまう・・・というのが狙いなんですね。その番組を見た後に、大丸やそごうに行ったのですが、本当にそうなんですよね! まぁ、高級ブランドのフロアーに行くと甘い香りのオンパレードです。「あぁなるほど、こうやって理性をなくさせて散財させる気だな・・・。そんな甘い罠にかかるものか!」と、私なんかはかえって闘争心を煽られてしまうんですが、そこがやはり私の男型と言われる所以なのかも。姉だったら一発でノックアウトされて、必要のない物まで買い込んで家の中を物で溢れさせるんだろうなぁ・・・と想像してしまいます。(姉の家はとにかく「いつ何に使うの?」と思うような物が溢れていて、片付けが下手なので足の踏み場が殆どないのです。もしかしたら、本人はその状態が心地良いと感じているのかもしれませんが、逆に片付けをしたくなる香りってないのかな?) 話が脱線しましたが、アロマセラピーをボケ防止に使うという事に話題を戻すと、日々物忘れで悩んでいる認知症予備軍ぐらいの方に劇的な効果があるようです。ここ3年で急激に物忘れが増え、食事の支度中に他の事をすると食事の支度をしてたのをすっかり忘れ、他の事を始める・・・という、認知機能の数値(14以上で認知症と判定される)が13で認知症予備軍が疑われるレベルと判定された72歳の人の実験では、昼間はアロマペンダント装着、夜は寝室でアロマディフューザーを使用しての1週間のアロマ療法後は、認知機能の数値が正常範囲内(0~7)の2になるという劇的な改善で、行動も、料理中煮物の様子を見てから洗濯物を取り込んでたたみ、すぐに台所に戻って煮物の様子を見て、パソコン2台で別の情報をチェック、なんて感じで複数の事をテキパキできるようになり、認知症予備軍から一気に脱却したらしい。また、少し物忘れがある程度の正常レベル範囲で認知機能5の66歳の人にも試したところ、認知機能5→3とこちらも確実に改善し、正常レベルの人にも効果がある事が判ったらしいので、物忘れがあまりなくてもテキパキ仕事をこなしたい方にもアロマ療法は良いのかもしれませんね。 そんな訳で、早速姉がアロマペンダントを買って父にあげたけど、オイルが高かったので少ししかあげてない・・・と言うのでネットで検索すると、もうこの認知症用のオイルのセットが溢れています。さすがにみんな商魂たくましい・・・。中にはローズマリーとレモンを2:1、ラベンダーとオレンジを2:1で昼用と夜用にブレンドした物まであったので、それをアロマディフューザーと一緒に父にプレゼントしました。ついでに自分でも実験してみようと、アロマペンダントも購入。(テキパキ仕事をこなせるようになるかな?)さて、それからしばらく経って父に電話して様子を聞いてみました。「あのアロマ療法やってみてどう? 最近何か変わった? 物忘れとか改善した?」と聞くと、父は「え? アロマ? 何かいな・・・そんなんあったかいな?」・・・・・・。がぁ・・・ん。しまった! アロマ療法の効果はアロマ療法を行った後でしか出ませんから、そもそもアロマ療法をするという事を忘れてしまう人にはもちろん効果は出ませんよね。これは前途多難だなぁ・・・。  後日談なんですが・・・。少し父を擁護しておきますと、アロマ療法の事をすっかり忘れていたというよりは、母の亡き後、家があまりにも片付かずに物が溢れ返っているため、その中にアロマキットが埋もれてしまってどこに行ったのか分からない状態だった・・・という事でした。だから散々言ったのに・・・要らない物を捨ててすっきりさせようよ!って。しかし姉と父という優柔不断最強コンビの抵抗で、なかなか家の片付けは進みません・・・。実は、父は姉と姪を猫可愛がりでずっと面倒を見て来たので、父が一人になったら姉が父の面倒を見る約束でしたが、母が亡くなる前に「お父ちゃん見たってや」と言っていたので、母亡き後は私も休みの度にせっせと実家に通いました。しかし実家は物が溢れている上にずっと掃除もしていなかったらしく、年老いた父が住んでいると病気になりかねない状態。「えらいこっちゃ!」と片付けにかかりましたが、姉や姪が来ても手が遅い上に力仕事ができないので、結局片付けはほとんど私がするハメになってヘトヘトに・・・。母のためにも初盆までには片付けたかったんですが、間に合いそうにないので「業者に頼んで要らん物を捨てよう」と父に提案したところ、父がOKしたので(後で聞くと玄関に積み上げられた本だけの事と勘違いしたらしい・・・)早速廃品処理とハウスクリーニングの会社を10件ほど当たり、比較表を作って良さそうなところをピックアップ。5件に見積を依頼し、初盆の前の週を予定日にして姉に「まだ2週間あるから、必要なものだけピックアップしといて」と連絡すると、断捨離ができない姉は大慌て。父に泣きついたらしく、父も「やっぱりいやや」と言い出す始末・・・。ちょっと即決しすぎたかな? 医療や経営は即決しないとやっていけないので、いつもの癖でつい・・・。「費用は私が持つから」と説得したんですが、二人が難色を示すので、いやいやするのもなぁ・・・と諦め、姉の好きなようにと任せる事にしたんですが、いつ片付く事やら・・・。やっぱり「片付けアロマ」を探す事が必要なようです。さて、クリニックでも玄関でアロマを焚き出したところ、鼻のいいスタッフも上機嫌。各部屋にもアロマストーンを買って、アロマオイルを垂らしてみました。アロマを使って、診療時の雰囲気も少し変えてみたいと思っていますので、皆様のリクエストがあれば、是非教えてくださいね。よろしくお願いします!

第148回 (2015年7月)「これからのトレンド」

こんにちは。柴田美容皮膚科クリニックの柴田です。梅雨に入り、暑かったり涼しかったりですが、皆様はいかがお過ごしでしょうか? 気温差が激しいので、夏風邪などひかれないようにお気をつけくださいね。当院でも、コロコロしたスタッフたちは次々と風邪をひいています。いつもなら誰かが風邪をひくと私もすぐにうつって年のせいか一番重症化する・・・というパターンが多いのですが、今年の梅雨に入ってからは裏業で(?)まだひかずにすんでいます。 さて、先日母の四十九日の法要も無事終わり、少し落ち着いてきましたので、福岡で開催された抗加齢医学会と東京で開催された美容外科学会に参加してきました。(先月号のクリニック通信をお読みいただいた何人もの患者様から温かい励ましのお言葉をいただき、とても嬉しかったです。中には涙を流してくださった方もおられて感動しました。皆様本当にありがとうございました。) しかしまぁ・・・なんですねぇ。抗加齢医学会の盛況な事、盛況な事。美容の学会も最近は盛況ではありますが、抗加齢医学会に比べると規模が違います。世界中で高齢化社会がかつてない勢いで進んでいますもんね。更に昔の高齢者と違って60歳なんて全然元気だし、70歳にもなれば仕事も子供も手が離れている上、ある程度貯金も持っている・・・って人が多いとなると、もう完全にターゲットロック・オン!ですよ。「抗加齢医学会」は世界トレンドの「ど真ん中」をいく本流って感じでしょうか。あらゆる標榜科(外科とか内科、婦人科など・・・)の先生方が「抗加齢」というテーマで研究と治療に取り組んでいるようです。通常の病人を対象とした伝統的な医療分野にあっては「美容」は非常に新しい世界ですし、医者の間でもアウェイ感があります。(実際に問題のある医者も多いんですよねぇ・・・。)でも抗加齢(アンチエイジング)となると、そもそも健常である人の加齢を食い止める・・・という事なので、美容形成をはじめとした美容関連の医師は結構注目されるんですよね。そんな時はこっそり「あぁ・・・ようやく時代が私についてきたのね・・・」って心の中でほくそ笑むのでした・・・(^^ゞ。 そんな訳で抗加齢医学会は時代のトレンドを先取りしている学会なんですが、最初に述べたとおりその規模はどんどん大きくなっていますから、最初からかなりテーマを絞って参加しないと、とてもじゃないけどすべての発表を見たり聴いたりする事はできません。今回は母が骨粗鬆症が原因と思われる骨折で入院した事がきっかけになり、最終的には免疫力の低下や心血管障害が重なって亡くなった事から、骨に関係するビタミンDやカルシウム、抗老化・健康長寿に関する講演を重点的に聴いてしまいました。その中で興味深かったのは、ビタミンDとカルシウムの講演や、アスタキサンチン・カカオポリフェノール・カロテノイドやフラボノイド・老化の原因となる「糖化」についての講演です。美容に関係するものでは、コラーゲンペプチドやフラーレン、顔面老化のメカニズムについての講演も面白かったです。 いつもの通信だと、このまま学会で得た最新情報を紹介して、あとは現地でのグルメ談議に花が咲く・・・ってところですが、今回はちょっと趣向を変えてみます。今回の抗加齢医学会は福岡県の博多で行われました。ご存知の方も多いと思いますが、博多は日本を代表するグルメ都市です。東京や京都のような超高級店は比較的少ないですが、現地の新鮮な食材を活かしたコストパフォーマンスの高いお店が多いという点では、北は札幌、南は博多というのが鉄板ではないでしょうか。コスパにうるさい私としては、博多・・・と聞いた時点で、学会の抄録を読む前にまず夕食の場所を探さねばならない、とリサーチを始めました。 リサーチを始めて改めて感じたのは、なにしろ博多は飲食店が多い・・・という事です。しかも評論家の皆さんからも、かなり高評価されている店の数も多いのです。さすが博多。う・・・ん。これでは決める事ができない・・・。そこで「地方都市に行く時はガイドブックを信用せず、地元の人が推奨する店に行くべし!」という某評論家の鉄則を思い出し、コネとネットワークを使ってジモピーが「絶対に行くべき!」と言うお店をピックアップしてリスト化してもらいました。まずは何をさておき、お目当ては「お鮨部門」です。博多と言えば、玄界灘で獲れるイキのいい魚をネタにしたお鮨は外せません。今回ピックアップしてもらった3店の情報をまずはネットで下調べ。なるほど、ジモピー推奨だけに食べログでも評点4を超えてるし、行った人のブログを読むと、「これは行かねばならん!!」と私の期待はうなぎのぼり。「よし!」まずはここから・・・って事で一軒目に予約の電話。結果は見事撃沈。金曜日や土曜日はもうすでに予約が一杯なんだそう。キャンセル待ちは?と聞くと、キャンセル待ちのリストもすでに一杯だとか・・・。幸先の悪いスタートだが気を取り直して2件目。結論から言えば、こちらはもっとひどい。半年先の予約まで詰まっているようだ。そして最後のお店にチャレンジ。まぁ・・・結論は言わなくてもお分かりかもしれませんが、この店に至っては予約の電話を受け付ける時間帯が午後2時から4時までの2時間に限定されていて、電話が全然繋がらない。やっと繋がったと思ったら、やはりここも半年先・・・なのでした。 なんだ・・・使えん!って事で気を取り直して、イタリアン部門、フレンチ部門、そして日本食部門も・・・。次々電話するも予約したい日が金曜・土曜という事もあってか、ジモピー推奨リスト掲載のお店はすべて完敗。なんだぁ! いっぺんに博多の事が嫌いになってきたぞ! 結局どうしようもなかったので、ジモピー推奨の別の寿司屋がやっている「回転寿司とは思えない回転寿司」に行く事にしました。「博多に行くなら一回は行ってみて!」と言われた回転寿司で、ここは予約が不可で行列ができるので、並ばなくてはならないらしい。(当然ながら本店の寿司屋の予約は無理なんだけど、ここがやってる回転寿司はネットの評判見ても「回転寿司の概念を覆すお店」と言われているみたいだし、誰かが並んでくれるのであれば、根性さえあればなんとかなりそうです・・・。運良く今回は並んでくれる人もいたので、ここで手を打つしかないか、という事で・・・。) これが世の中のトレンドって事なんでしょうね。特に今はインターネットがあるから、ちょっと人気が出るといっぺんに火が付いてしまい、予約の取れないお店になってしまいます。まぁそれは神戸でも同じで、今まで普通に予約して行く事ができたお店が、食べログで高評価になった途端に予約が取れなくなってしまい、結局行かなくなってしまったお店も結構あります。食べログでそれなので、ミシュランガイドに掲載されるともう完全にアウトです。ミシュランに掲載されると予約が取りにくくなるだけじゃなくて、値段も一気に上がってしまい、「お一人様2万円のコースしかありません」なんて言われてしまう事もしばしば。あぁ・・・昔が懐かしい。この時だけはネットがなかった時代に戻りたい! と思ってしまいます。大昔は飲食店情報なんて「るるぶ」くらいしかなかったからロクな店紹介されてなかったし(「るるぶ」に掲載されたお店の皆さんには申し訳ありませんが・・・)、地元の人の口コミだけで行き着く事ができる隠れた名店って沢山あったんですよね。今はホントにそれがなくなってきている気がします。そんな訳で学会の時の恒例だったグルメネタは書かないのではなく、書く事ができない・・・って状況に陥ってしまいました。抗加齢医学会が盛況なのがトレンドならば、人気レストランはますます予約ができなくなるっていうのもトレンドなんですね。そういう自分も美容医療業界のトレンドを利用させてもらっている身なので、文句を言える立場でもないのですが。 抗加齢医学会の盛況と人気飲食店の予約が取れないという2つのトレンドですが、これが全然関係ないものかと言えば、すごく密接な関係があるんだな・・・と気づくようになりました。共通の鍵は「健康」です。いくら人気のお店が予約を取りにくいと言っても、普通の飲食店は数えきれないほどあって、先々の予約が一杯になるのはほんの一握りのお店しかありません。そのようなお店は一様に「健康に良い食材を美味しく安全に調理しているお店」という共通項が見えて来ました。お鮨屋さんなどは典型的な健康食のデパートのようなものです。 今回の学会ではビタミンDの効能について講演がありましたが、一部抜粋しますと・・・ビタミンDには、きのこなどの植物性食品に含まれるビタミンD2 と魚や肉・卵・乳製品などの動物性食品に含まれるビタミンD3 があり、これらを総称してビタミンDといいます。ビタミンDは小腸でのカルシウムの吸収を高め、カルシウムが骨や歯に沈着するのを助けて骨や歯の形成・維持に働く・・・という事はよく知られていましたが、最近では筋力をアップして転倒を予防したり、免疫力をアップして風邪やインフルエンザを予防したり、糖尿病や心疾患・アレルギーや認知症・癌を予防する働きもある事が判り、死亡率を下げるという報告もあるそうです。 体内のビタミンDの80%は紫外線によって皮膚で合成されるので、美白やシワ予防のために紫外線を避けすぎるとビタミンD不足になりがちですが、紫外線を浴びるのは手の甲で毎日10分程度、木陰でも30分程度で最低限のビタミンDは維持できるみたいですね。冬に風邪やインフルエンザが流行するのは、日照時間が短くなる事でビタミンDが合成されず免疫力が低下する事によるそうで、2010年にアメリカ臨床栄養ジャーナルに発表された研究では、冬季に毎日1200IUのビタミンDを摂取した生徒は、摂取しなかった生徒に比べて42%も季節性インフルエンザに罹患する率が低かったという報告があり、ビタミンD800IUの摂取で風邪の罹患率が1/3に減って、2000IUの摂取でなんと風邪の罹患率は0になったそうです。(講演後にビタミンDがもらえたので、早速飲んでみると、学会後のひどい疲れがすごくましになったんです! きっと私は全然日に当たらないので、ビタミンDが不足してたんだなぁ・・・。今回コロコロS君の風邪がうつってないのは、このビタミンDのお蔭ではないかと密かに思っています。) 他には、丈夫な骨のために大切なカルシウムの講演。体内のカルシウムは女性では50歳前後から閉経期を境に、急速に減少します。「カルシウム摂取量が350mg/日未満の中高年女性は、700mg/日以上の女性より2倍腰椎骨折を起こしやすい」という報告もあり、日本人はカルシウムが不足しているので、1日1本牛乳を摂った方がいいそうです。また、動植物に存在する赤色、黄色などの天然色素カロテノイドは抗酸化作用と細胞保護効果があるとの事。緑黄色野菜に含まれるβ-カロテンやトマトに含まれるリコピン、鮭やいくらに含まれる赤い色素アスタキサンチンが代表的ですね。(野菜と牛乳がいい・・・という事なので、それから青汁牛乳を毎日飲んでいます。・・・影響されすぎ?) これらはほんの一例ですが、今回の学会では食べ物と健康に関するテーマの講演はまだまだ沢山あって有益なものも多く、とてもこの紙面だけでは紹介しきれません。今回得た情報を基に、クリニックでも体の中から健康で美しくなる方法を研究していきたいと思います。現在も日本食は世界的な健康ブームの中で注目を浴びている食事ですし、美味しくて健康的な食事を提供するという意味では日本の飲食店業界が世界から注目されていると言っても過言ではないと思います。そういう意味では私達は幸せな国に生まれたんですね。これからも美味しくて健康的な食事をして、いつまでも綺麗で元気に、皆様と一緒に素敵な年の取り方ができればいいなと思います。これからもどうぞよろしくお願い致します。

第147回 (2015年6月) 「母の言葉」

こんにちは。柴田美容皮膚科クリニックの柴田です。新緑が綺麗で、風が心地よい季節になってきましたね。皆様はいかがお過ごしですか? 連休は楽しまれましたか? 私の連休はと言えば・・・最近はほとんど寄る事がなくなっていた実家の片付けでほぼ終わってしまいました。物が溢れていて片付けても片付けても終わらないので、時間ばかりが経過したように思います。やっぱり人が生きていると色々な事が長年積み重なって、他の人は不要に思うけど本人にとっては必要な物が大量にあるんですよね。ただ、それはその人が生きてきた証なのかもしれませんが・・・。私事で大変恐縮なのですが、このクリニック通信にも何度も登場し「がんばりまっせ~!」の合い言葉が得意だった母が、先般ついに逝ってしまいました。今回は母の最期の状況を少しご報告させていただきたいと思います。クリニック通信第143回(2月号)「がんばりまっせ~! PartⅡ」にも書いたのですが、今年の1月に転んで骨折し、吹田病院に入院。私と後輩とで骨折を整復した後、骨癒合を良くする為に京大再生医科学研究所のT先生と共同研究をする予定の方法を取り入れてプラセンタ+FGFを骨折部に注射したり、プラセンタの筋肉注射をしたり・・・休みの水曜日、土曜午後・祝日午後と、しばらくは火曜午後の研究日も返上してせっせと吹田に通った甲斐があり、一旦は回復の兆しを見せて3月にはリハビリ病院に転院しました。母は病院の食事は「美味しない」とあまり摂らなかったり、リハビリが進まなかったりしたので、母の好きな鯖の味噌煮や美味しいイチゴを取り寄せて持って行ったり、リハビリの監視をしたりしていると私も坐骨神経痛が出たり酷い風邪をひいたりかなりヘトヘトになっていましたが、母は半分ボケても美味しいものは分かるらしく、好きなものを持って行くと「美味しいな! おおきに!」と喜び、一時できていなかったお箸での食事も、立つ練習もできるようになって「調子ええで! 立つの上手になったな、て褒められてん!」と言うまでになっていたのですが・・・。しかし嵐は突然に。母は4月14日に突然の下痢と嘔吐にみまわれ、リハビリ病棟から急性期病棟に転棟。夕方見に行って少し落ち着いたので一旦帰ると、三宮に着いた途端に血圧が60まで下がって意識レベルも低下したと病院から呼び戻され、リハビリ病院では重症は診れず、心臓も悪いので明日には大きな病院に転院した方がいいと言われました。心臓でかかっていた国循(国立循環器病センター)か吹田病院かという話になったのですが、主症状が消化器症状で、吹田の消化器内科に同級生がいて「明日転院したい」と無理を言えた事などで、翌日吹田病院に転院。その後一旦持ち直したものの、腎機能が悪化して透析する事に。さらに19日の夜中に極度の貧血に陥り、心肺停止したと呼び出されました。蘇生して挿管しましたがCTで胸部大動脈解離が見つかり、20日朝方から輸血をしましたがDIC(播種性血管内凝固症候群=重症疾患の為に全身の細小血管内で血栓が多発して臓器不全・出血傾向が起こる病気)を起こして血圧が上がらなくなりました。 私は20日は夜中から吹田と三宮を三往復。朝4時に帰ったら7時に危ないと呼び出され、一度病院に行ったんですが11時からクリニックの予約が一杯だったので、一旦戻って診察してたら12時に今度こそ危ないと呼ばれ、午後の予約は急遽変更してもらい(事情を聞いて快く変更に応じてくださった皆様、ありがとうございました!)、病院に着くと血圧は60を切っていました。同級生の主治医に「良かった、間に合って」と言われ、それから家族交代で心臓マッサージを6時間ほどしましたが、最後は血圧が20を切り「もう無理」と主治医に言われました。「母のために医者になったのに、母のために整形に入って膝の手術もしたのに、最期助けられへんかった」と泣いてると「こんなたくさん血管の病気持ってて普通はこの年まで生きられへんよ。せっちゃん(私の事)が医者になって一生懸命いい先生探して、何回も助けたからここまで生きられたんやと思う。こんなに大事にされてる人少ないよ。お母さん幸せやったと思う。きっとせっちゃんが医者になっていっぱい助けてくれたん喜んではると思うわ」と慰められました。そして、母はそのまま夜遅くに息を引き取りました。最終的には母は天寿を全うしたのだと思います。ただ、私がなまじ医者なだけに色々と考えるところがありました。治療については主治医と相談しながら、あらゆるコネを使ってお忙しい先生方に協力していただき、その時にできる最高の治療をしてもらったと思います。 普通であればそれだけでもありがたい話なのですが、やはり私の中では納得できない点や後悔する点もありました。それは「あの時、もしこうしていればもう少し生きる事ができたのではないか?」という疑念です。 吹田病院では腎不全の原因は血圧低下による虚血か敗血症かよく分からないと言われ、貧血や大動脈解離、DICの原因も不明だったので疑問点もあったし、大動脈解離が死因であれば14日に転院先を決める時に吹田病院ではなく国循に頼むべきだったのでは、透析が血管に影響したのなら透析をCVVH(負担が少ないように少しずつ透析する方法)にして欲しいと頼むべきだったのでは、大動脈解離が見つかった時点で国循転院を頼むべきだったのではとか、腸炎による敗血症が死因なら14日の夕方に一旦帰らなければ良かったなどと考えてしまい、母のために医師になったのに助けられなかったのは自分の責任のような気がしていました。また、転倒の注意を両親に再三していなかった事、循環器疾患に気を取られて骨粗鬆症の治療をしていなかった事、右膝の手術をしなかった事(左膝の人工関節置換術の術後ICUで感染しかけたのと、左膝が良くなると右膝の痛みが軽減したので右膝の手術は中止しましたが、晩年右膝の痛みが増強して歩きにくくなっていたのが弱った原因だと思う)など後悔する事ばかりで、循環器の問題が多かったので、今更ですが自分が循環器内科に進んでいれば良かったとも思いました。(循環器内科に進んでいたら膝の手術はできませんでしたが・・・。) 勿論、人生にifは禁物だという事は頭では分かっているのですが、身内の事になるとどうしても「もしあの時・・・」という事が頭から離れません。葬儀が終わっても、何かの拍子に同じ事を考えている自分がいて、自分の中では解決できなかったので、数人の先生に母の経過と検査結果を見てもらい、自分の気持ちを打ち明けました。そうすると心のこもったお返事をいただき、そのお返事を見ていて、人の人生って理屈じゃなく、何年生きたというのでもなくて、どんな人とどのように関わる事ができたかなんだな・・・と思うと、心の曇りがスーッと晴れていく感じがしてきました。私はこれらの先生方の言葉であまりにも元気にしてもらったので、ちょっと長いのですが引用させていただきます。 M君(卓球部の後輩で大学の循環器内科講師。2009年、最初にブヒ(母のアダ名)が心筋梗塞を起こしかけた時に助けてくれ、その後ブヒの事はよく相談していた): 4/14感染性腸炎 ⇒ 敗血症性ショック ⇒ DIC ⇒ 血圧低下・腎不全悪化 4/19解離性動脈瘤の解離腔内への出血で貧血 ⇒ 4/20多臓器不全と考えるのが妥当と考えます。高齢で大動脈解離が手術適応でないと考えると、国循より吹田病院で良かったと思います。急な展開でしたが、できるだけの事はなされていると思いますし、先生が十分以上努力されている事もよく分かります。お忙しい中、先生が最善を尽くされている姿をお母様もよく見ておられたと思います。私もできるうちに親孝行しなければと思いました。先生も多忙の中、ご無理されないようお願い致します。Y先生(卓球部の先輩で大学の眼科准教授):先生として、今まで大切にされてきた交流を頼りに、ベストを尽くされたと思います。どのような選択をされても、振り返れば、考えるところはあると思います。きっとお母様も先生が力を尽くしてくれたことを天国で喜んでおられるに違いありません。どうか疲れが出ませんように、日々できることに力を注いで、前向きにがんばってください。 A先生(ブヒが心筋梗塞を起こした時に救命してくれた国循の元主治医。その後もブヒの事は相談していた):お母様の件は残念ですが、十分手を尽くされたと思います。いずれにしても多くの臓器が障害を受けており、どの病院でも救命は困難だったと思います。先生は十分お母様のお役に立てましたし、お母様はご自分の運命(寿命)を全うされたのだと思います。先生はお母様を救えなかったことを気にされているようですが、お母様は先生のお陰で十分に生きられたと思います。お母様はきっと先生が医師になったことを喜び、感謝していたと思います。K先生(国循の主治医で循環器内科部長。ブヒの事は相談しまくっていた。急な判断を要する時は忙しい外来中に電話までくださったいい先生):14日に国循に転院していても同じルートをたどった気がしますので、先生の選択は間違いでなかったと思います。ショック腎はこの時はもう進んでいましたから。腸炎が死亡の直接的な原因かと思います。免疫能の低下など、いたし方のなかったことではないでしょうか? 大変陽気なお母様でしたので、そのお顔とお声が聞けないと思うと、とても残念です。ご家族の皆様もさぞお気落としの事とお察しいたします。先生は大変よく頑張られたと思いますし、残念なお気持ちもあられるでしょうが、ここはご母堂の天命とお考えになられ、静かにお見送りされますことを祈念いたします。 本当に先生方にはお世話になりました。お忙しい中、私のような拙い人間に丁寧にアドバイスをいただき、最後まで支えていただいて、元気を与えていただきました。また、友達や一部の患者様にも励ましの言葉をいただき、ブヒも私も本当に幸せな人間なんだ・・・と改めて感じました。この場を借りて皆様には心より御礼申し上げます。一番私の事をよく知っている親友Mは「ブヒはせっちゃんのために逝ったんだと思うよ。忙しい仕事の合間にブヒの面倒見に行って、ネヒ(私の姉の事)があれこれ心配する事もいろんな先生に聞いたりして、もう体力も気力も限界やったでしょ。親やったら、子供に世話かけたくないと思うもん。急変してから1週間であっという間に逝ってしまったのも、ブヒらしいというか、潔いよね・・・」と。そう言えばブヒは、私が病院に行って「ブヒ。せっちゃん来たよ」と言う度に「せっちゃん。あんた忙しいのに来たんか。来んでええのに」と言い、父や姉が病室にいる時に私が携帯電話にかけてブヒに代わった時は、いつも心配かけまいと「元気やで! 調子ええねん。あんた来んでええで。大丈夫や!」って言ってたなぁ。ブヒは自分が悪くなったら私が必死になるのを知ってたから、決意して急いで逝ってしまったのかもしれません。それでも4月14日に意識がなくなった時、私が病院に着いて「ブヒ。せっちゃん来たよ」と言った時だけ目を覚まし、父が「せっちゃん来たら目開いたな」と驚いていました。最後まで私事で恐縮ですが、葬儀の時の、その父の挨拶文を長いのですが引用させていただきます。 「幸子よ(母の名前)、安らかに眠ってください。89年間よく頑張ってくれたね。生前はお礼の言葉もかけなかったが、改めてありがとうと言いたい。幸子は明るい人柄で、友人の中でも人気者でした。娘達は幸子の事をブヒと呼んでいます。長女が大学でドイツ語を始めた時に家の中でドイツ語が流行し、その時イッヒ(私)という言葉と幸子が太っていたのでブタのブを取ってブヒというあだ名をつけました。長女はネヒ、父はトヒチャンというあだ名で、母と子も友人のようでした。ブヒは強運の人でした。敗戦の時勤めていた軍事工場で、食用油のドラム缶を運搬手段があれば持って帰って良いという通達があった時、ブヒは隣人がトラックの運転手だったので、その人に手伝ってもらってドラム缶を3本持ち帰りました。当時は超インフレで米の配給は月に20日分しかなく、他は闇市から買う時代だったので、ドラム缶1本の食用油は1億円の宝くじに当たったのと同じ価値があったと思います。また敗戦の混乱期、日本銀行の採用試験があり、市岡高等女学校卒業と言ったら『いい学校ですね。明日から来てください』と言われて無試験で入社できました。二人の娘を大阪教育大学附属池田小学校に入れる時も、当時娘達は市立幼稚園に通っていて、附属小学校に入るには私立幼稚園に通っていなければ難しいと園長は受験に反対でしたが、ブヒは『落ちたら抽選で落ちた言うてごまかしますわ』と強引に受けさせたら幸運にも合格しました。特に節子は入学式で総代の挨拶をしたので、ブヒの自慢でした。晩年は数次に亘る大手術も日本の名医に執刀してもらえ、『がんばりまっせ~!』と明るさを失わずに切り抜けました。『90歳までは何としてもおるで』が合言葉でしたが、(数え)89歳まで生きたのですから100点をあげたいと思います。長い間お付き合いくださいました皆様、ありがとうございました」 ブヒは明るくおもろい「浪花のおばちゃん」で、大阪弁で笑わせるのが得意でした。めちゃ前向きで楽天家、度胸があって運が良く、一発勝負に強い人でした。(楽天的過ぎて節制しなかったので成人病の宝庫になったんですが・・・。)人の世話をするのが好きで、女学校の同窓会の幹事を何十年もしたり、秋になったら毎年美味しい梨を取り寄せてたくさんの人に送ったり、私が吹田病院にいた頃は診察に来る度に10人分位のお弁当を作って来て整形の先生や看護婦さんに配ったりしてました。クリニックのスタッフの間でも「お母さん面白い!」と人気者で、「左の膝はこの先生(私の事)に手術してもろてんで!」とスタッフ達に嬉しそうに話してたなぁ・・・。なんだかまだブヒは実家にいて、クリニックにひょっこり注射をしに来そうな気がしてしまいます。 お墓の場所を決めに行った池田のお寺は新緑が綺麗で、つつじや牡丹の花が満開でした。ブヒはみんなの事を考えてこんないい季節に逝ったのかもしれないな、と思うとまた少し涙が出るのを堪えることができませんでした。 母はいつも自分の事より人の事を考えている人でした。「人にええ事せなあかん」が母の口癖でした。自分の事より私の事を心配し、「あんた、うちによう似てるからな。体気いつけや」といつも言っていました。私も健康面は母を反面教師とし、精神面は母を見習って、これからも母の言葉を胸に、人の役に立つために「がんばりまっせ~!!」

第146回 (2015年5月) 「ゴホンと言えば・・・どうします? 」

こんにちは! 柴田美容皮膚科クリニックの柴田です。 今年の春は、温かくなったと思ったらまた寒くなったりして、気温差が激しかったですね。体調を崩された方も多かったのではないでしょうか。皆様、今年はお花見に行かれましたか? 私はと言えば、母の看病疲れやいろいろな心労が重なったためか、3月半ばにひどい風邪をひいたのが長引き、1ヶ月以上咳や熱が続きました。おかげでお花見の日も体がだるく、早々に引き上げるハメに。例年ならプラセンタ点滴ですぐに治る事が多いのですが、いや・・・今年はホントに長引きました。そう言えば今年は私の周りにも結構風邪が長引いている人が多いような。「超忙しいけど体だけは元気で困るんだよねぇ」が口癖だった友人Mも今年は風邪をひいてしまったようで特に咳がひどく、数週間たっても咳が続いているようです。なんとなく「今年の風邪は長引くよねぇ。特に咳が続くなぁ・・・」って思っていたのですが、これって単なる思い込みなのか? 本当にそういう風邪が流行っているのか?ってちょっと気になってきました。私の周りでそんな人が多いって言ったってせいぜい数人だし、たまたまって事もありますよね。昔だったら「ま・・・そんな事考えたって仕方ないか・・・」で終わるところですが、今はインターネットの時代。何でも簡単に調べる事ができます。 でもどうやって「今年の風邪は咳がひどく長引く人が多い・・・」って事がわかるのかと言うと、2つのアプローチがあります。一つは公立病院や学校など情報を提供する側から、政府やしかるべき機関に報告が上ってくるというもの。これらの情報は一応権威ある機関が集計する訳ですから信頼性はあります。ただ難点は発表が遅い・・・。情報が集まってくるのにも時間がかかるのでしょうが、権威ある機関が出す情報が「やっぱり間違ってました!」という訳にもいかないので、集計や分析にそれなりの時間をかけます。なのでその手の機関から情報が発信される頃には、風邪の流行が収まっている事が多いですね。(インフルエンザやSARSのように感染が爆発的に広がるようなものは対策が後手にならないように、それなりに情報は早く出るようですが・・・。)もう一つのアプローチは口コミ。勿論、近所のスーパーに行って座談会している奥様に聞き込みするっていうような方法ではありません。最も信頼性の高い方法はTwitterとかBlogとかにアップされる情報を解析する方法です。例えばTwitterで「チキショウ! 今年の風邪はホントに治らねぇ!」とか「今年の風邪は咳がなかなか止まりません・・・グスン」みたいなつぶやきを集計して解析するのです。詳しい理屈は私も分かりませんが、今時のコンピューターは非常に大きなデータ解析ができるので、自然言語で記載された何百万というつぶやきをリアルタイムで解析する事ができるそうな・・・。この前テレビで誰かが言っていましたが、アメリカでは西海岸から「風邪をひいてしまった」というつぶやきをする人が徐々に東海岸に移っていく様子を解析し、あと何日すればニューヨークで風邪が流行するかという事を正確に予測する事ができるんだそうです。 ホントに凄い時代だと思いませんか? まさか何気ないネット上のつぶやきがこんな解析に使われているなんて思いもしないですよねぇ・・・。そう言えば、車の渋滞情報とか現在の雨の状態とかも、以前なら交通カメラの映像を分析したり人工衛星から撮影した雲の状態を分析したりしていたのですが、現在はそれに加えて実際に運転してる人のつぶやきや、ボランティアの雨の状態報告などをネットで集計して正確な情報を出しているそうです。私もほとんど一日中室内で仕事をするので外の天気が分かりません。以前は天気予報を見て傘を持って行くかどうか決めていましたが、この天気予報ってのが結構いい加減で、曇と予測されていても外に出たら雨が降っていた・・・って事ありますよね。私の場合は外を歩き回る事はほとんどないので「今降っているか、ちょっとそこまで出かけるのに傘が要るか」を知りたいのです。ところが最近はスマホのアプリに、本当に今そこで雨が降っているかを正確に教えてくれるものが出ていて私もびっくり。(これがかなり信頼性が高い・・・。)聞くところによると、このアプリは実際に街角を歩いている人たちからの天気報告を集計しているそうなので、お天気レーダーとか人工衛星の写真と違ってより細かくその場所の情報を出せるそうです。しかも人間の感覚で「この程度だったら傘は要らないくらい」というような感覚値まで集計対象になってるんだとか。なんか人工衛星のような規模の大きなテクノロジーが出現して科学万能のような時代の中で、実は普通の人たちの口コミってこのインターネット時代になるまできちんと把握できてなかったんだなぁ・・・って思うと不思議な感じがします。近年、二酸化炭素の排出量が多くなって地球が温暖化しているとか、フロンガスの排出によってオゾンホールが出現しているなど環境問題が重要視されるようになりましたが、これってよく考えてみると自然のつぶやき(嘆き?・・・叫びかな)をようやく把握できるようになったって事でしょうか? おっと、地球の環境問題にまで発展すると私の方がついていけなくなりそうなので、ここでようやく本題に戻って、今年の風邪は本当に咳がひどくて長引くのか・・・です。結論は「正解!」でした。風邪には年によって流行の特徴があるようで、今年の風邪は咳がひどくなりやすく、長引くという特徴が本当にあるようです。それが分かったからと言って何ができる訳でもないのですが、少なくとも「こんなに咳が続くのはおかしい・・・何か別のもっと怖い病気になったのでは?」と疑心暗鬼になるタイプの人には安心感を与えてくれるかもしれませんね。(安心して検査に行かないのは別の問題ですが・・・。)そんなこんなで私も流行に取り残される事なく、長引く咳と戦う事になりました。勿論医療用の咳止め薬はあるのですが、副作用で便秘になるので、できれば使いたくないんですよね。そんな時、例の友人Mが「これ、めちゃくちゃ効くから」と「龍角散」を分けてくれました。「へぇ・・・龍角散ねぇ・・・」「ゴホンと言えば・・・龍角散」のCMはあまりにも有名で、日本人で知らない人はいないのではと思う位ですが、実際に飲んだ事はありませんでした。容器を見ると、恐らく50年位は変わってないようなデザイン。そして蓋を開けると粉が舞い上がって袖口が真っ白になる不便さ・・・。今時の感覚から言えば一般に販売する製品とは思えない、クラシックでレトロな製品です。まぁ値段も安いけど、これはちょっとねぇ・・・というのが正直な感想。そして半信半疑でその龍角散を飲んでみると・・・これまたまずい!! もうそのまずさといったら・・・「良薬口に苦し」とは言うものの、本当にまずいんですよねぇ。その粉が空中に舞うと独特の匂いがまた凄いんです。(飲まれた事ある方は分かると思いますが・・・。)でも、それを水などで飲まず、ゆっくり舌の上で溶かしながら喉の奥に運ぶ方がよく効くんだとか。しかしそうすると、まずくて死にそうになります。研究室で飲むと独特の匂いが研究室中に漂って、鼻のいいスタッフから非難轟々だし、しばらくして診察に行く時にも患者様に迷惑がかかりそうなのでマスクを付けると、マスクに匂いがこもって息が止まりそうに。先日私が疲れた時に(ほぼ毎日ですが)愛飲している「リポビタンD」と低カロリーの「リポDファイン」が同じ味だとコロコロS君が言うので「リポDファイン」を買ったらめちゃまずくて残ってたんですが、龍角散を飲んだ後だとそのまずいリポDファインが美味しく感じられるほどです。 しかし! その龍角散が、実際に効いたんですねぇ。龍角散を飲むと、あれだけ長く続いていた咳が治まるんです。何時間か経つとまた咳は出るんですが、龍角散を飲むと治まり、徐々に飲む回数が減っていきました。あまりのまずさに、体が拒否反応を起こして咳を鎮めたんではないかと思うほどの効き目です。少し咳が治まってきて元気になってきたので、ホワイトデーにニコライ・バーグマンのフレッシュフラワーボックスを贈ってくれたこの通信によく登場する東京のK氏に風邪のためお礼を言い忘れていた事を思い出し、久しぶりに電話してみました。お礼を言って世間話をしていると少し咳が出たので K氏:「あらあら、風邪ですか? 気をつけてくださいね」 柴田:「これでもましになった方なんですよー。1ヶ月ぐらいひどい咳が続いて・・・。         龍角散でましになったんですけど、あれってめちゃくちゃまずいですよね~」 K氏:「あら、そうなんですか。龍角散は飲んだ事ありませんけど、社長は仲良しですよ。         もう8代目だったかな。龍角散ってそんなにまずいんですね。         あ、それでのど飴やゼリー作ったのかな・・・」 さすがK氏。龍角散の社長もお知り合いですかぁ。(友達少ないはずだったんだけど・・・。) あまりにも製品と効果のギャップがあるので興味を持ってまたネットで調べてみる事に・・・。Wikipediaによると、なんと200年前からある薬なんですね~。少し引用すると、東北地方有数の武家であった佐竹藩(現在の秋田地方)代々の御典医であった藤井家の玄淵によって、藩薬として文政年間に創製されたらしい。2代目藤井玄信が蘭学を学び、漢方薬のベースに西洋生薬を取り入れて改良したんだとか。さらに、明治初期の著名な医者でもあった3代目藤井正亭治が、藩主である佐竹義堯侯の典医であった時、藩主の持病であった喘息を治すため長崎で蘭学を修めて帰藩。藩薬の龍角散を喘息の処方に改良し、龍角散の基礎を確立したとされています。徳川支配が終わると廃藩置県が施行され、藩薬であった龍角散は典医である藤井家に下賜され、君侯と共に江戸に進出した正亭治は明治4年に薬種御用商となり、下賜された龍角散を一般薬として販売し、桐箱に収められた龍角散はたちまち大ヒット商品になったとの事です。正亭治の長男得三郎は衛生試験所(東京大学薬学部の前身)に学んだ薬剤師で、ドイツ人技官ランガルトから製剤技術を学び、明治27年に龍角散の大きな特徴である細かい微粉末状の製剤を完成させました。これが現在の処方になったそうです。 龍角散の効能は「キキョウ・セネガなどの生薬サポニン成分が、衰えた喉の線毛運動を活発にして痰の排出を容易にし、セキを鎮める」とあります。そもそも咳というのは、肺や気道から空気を強制的に排出させるための、気管・喉頭・呼吸筋の反射的な収縮運動です。咳には痰を伴う咳と痰を伴わない咳があり、痰を伴う咳はウィルスや細菌を痰と共に排出するためのものなので、中枢性鎮咳剤で反射を抑えて無理に咳を止める事はしない方がいいんですよね。そういう痰を伴う咳は、痰を排出しやすくすれば軽減するので、龍角散の作用は理に適っていると思います。龍角散は喉の粘膜の線毛細胞に直接作用するので、水で飲まずにゆっくり溶かす方が効果があるんですね。株式会社「龍角散」は、錠剤や散剤、トローチなど龍角散を冠した数多くの商品を開発していますが、龍角散の「通」に言わせると、やはり古くからある粉の「龍角散」が一番効くんだとか。しかし、200年も日本人の喉を守ってきたって、すごいですよね~。ただ、いろいろと調べると単に古くからある薬の会社として現状に安住していた訳でもないらしい・・・。ちょっと長くなるのですが、もう少し引用します。   K氏と仲良しの龍角散8代目の現社長は、父親から会社を引き継いだ時、売り上げは落ち、負債は40億円に達していたそうです。そして何よりも社員の危機感の無さに愕然としたらしい。「オーナーが何とかしてくれるだろうという甘えや油断しかなかった。ある程度知名度がある古い企業の弊害が顕著に出ていた」との事。役員の腰も重く、元薬剤師の女性社員が介護施設で多量の薬を飲み込めない高齢者が多い事を知り、飲み込みを補助するゼリーを提案しても「売れるかどうか分からない」とあっさり役員会で否決されたそうな。しかし、その社員に連れられ介護施設を訪れた現社長は、おかゆに薬をかけて無理やり飲み込む高齢者の姿を見て「儲かるかどうかではない。喉を守る会社として何をするかだ」と、反対を押し切り製品化したらしい。それが今では「らくらく服薬ゼリー」や子供用の「おくすり飲めたね」といったシリーズ化を果たし、看板商品に育っています。改革を怠らない気概が組織に欠けていた、という事です。コンビニでよく見かけるようになった「のどすっきり飴」に関しても、現社長は2011年、発売1週間後に早くも改良版の開発に取りかかったそうな。お客様相談室に「ミント味がきつい」という苦情が1件あったからとの事。12年にマイルドなミルク味を発売するなど改革を重ねた結果、「のどすっきり飴」の売り上げは2年後に4倍以上になったそうです。そうして財務体質の改善にメドがたち、全体の売上高は約70億円と就任当時から7割増え、「『龍角散』があるから大丈夫」との安穏とした思いは社内にはなくなり、社員は自らが動くことの重要さを再認識した・・・。って事です。そりゃそうでしょうねぇ。今の時代、いくら昔からの看板商品があるからって、生き残るのはそれだけでは無理だと思いますね。やっぱり守るべきは守って、新しく挑戦すべき事はしている訳ですな。インターネットで何百万というつぶやきを分析して地球規模での感染症の流行傾向などを研究しているかと思えば、200年前から存在する伝統薬が未だに一番効果のある薬だったりする・・・このアンバランスが現代の面白さなのかもしれません。私も温故知新(古きに温ねて(たずねて)新しきを知る)・・・って事を再認識して、これからの研究に励んでいきたいと思います。 話は全然違いますが、この「ゴホンと言えば龍角散」ってコピー、素晴らしくないですか? 子供の頃に聞いたキャッチフレーズを、一度も製品を使った事がないにも関わらず、ずっと覚えているって凄い事だと思うんですよね。(当時、お笑い番組の殿堂「笑点」のメインスポンサーだったという影響は大きいが・・・^^;)こんなにシンプルで分かりやすく製品を覚えてもらうコピー考える人って凄いな・・・と思います。(以前、大阪の地下鉄で「痴漢あかん!」のポスターを見た時もキャッチコピーの威力を痛感しました。ただそれで本当に効果があったかどうかは知りませんが・・・。)私も一度聞いたら忘れないようなクリニックのキャッチコピーはないか・・・と必至に考えましたが、残念ながらこの手の才能は私にはないようで、全く思いつかない・・・。かっこいいなぁ・・・こんな事言えたらいいなぁ・・・と思うのは、サントリーウイスキー山崎のCMで「何も足さない、何も引かない」ってやつ。自分は不器用なんで、世の中で流行っている新しいやり方を真似て混ぜ物をして味を整えたりする事はできないけど、ひたすら良い材料と良い水を使い、伝統的な作り方にこだわって当たり前の事を当たり前にしていくだけです・・・っていう、謙虚でいながら絶対の自信を持っている職人さんの思いがこの短い文章から伝わってきます。う・・・ん。かっこいい! 誰かそんなコピーを当院の為に考えてもらえないでしょうか?? やっぱり私には、愚直に「柴田美容皮膚科クリニック・・・シミ・シワ・たるみ研究所」(・・・ってそのまんまやん! )・・・ってのが自分らしいのかもしれませんねぇ・・・^^;)。「座布団一枚!」どころか、「おおぃ! 座布団全部持って行ってくれ!」って感じなんですが、これからも愚直に研究に励みます!

第145回 (2015年4月) 「PRPってこれからどうなるの?」

こんにちは。柴田美容皮膚科クリニックの柴田です。ようやく暖かくなり、春の到来を感じるようになりましたね。4月はいろいろな意味で新しい事の始まりの時期です。それと同時に、以前のクリニック通信でも書きましたが、人間が感じるストレスが一番高くなる時期でもあります。この変化の時期には体調を崩されないように、皆様も上手にストレス・コントロールをしてくださいね。 日本では学校やお役所、そして比較的大きな企業のほとんどは新年度が4月から始まります。よって予算の実施の関係から、新しい法律の施行とか制度が変わるという事は、4月からが多いです。制度が変わると言えば、当院で人気治療の一つであるPRPに対して、新たな法律ができました。「再生医療新法」というものなんですが、その法律によって今後かなり規制がかかってしまい、一言で言えばPRPは「めっちゃ面倒な治療」になりそうです。再生医療と言えば皆様ご存知の、日本が誇るノーベル賞学者山中先生率いるiPS細胞があまりにも有名ですが、それに輪をかけて、元理研の研究者でリケジョブームを巻き起こした小保方さんのSTAP細胞が一世を風靡しました。(STAP細胞のその後はこれまた皆様ご存知の通りですが・・・。)そのような派手な話題が多い世界ですので、多くの研究機関や企業が再生医療の分野に注目しており、よく訳が分からない製造法での特許出願や怪しげな治療方法の提唱などが続出し、まさに再生医療バブル・・・もしくは再生医療戦国時代とでも言うべきか・・・まぁ、カオス状態なんですね。そんな状況の中で、このまま放置してたらロクな事にならんぞ・・・という事をお役所の皆さんが考えて、一定の規制を加えようとしたのが「再生医療新法」です。 S様の場合、元の血液の血小板濃度から、最終的に試験管に残す血漿の量は0.6ccくらいで最適の血小板濃度(当院では220万/μLを目標にしています)に近づくはずだという事が今までのデータから推測されていました。しかし前回のPRP注入療法の際、0.6cc血漿を残したのでは通常よりPRPの血小板濃度がやや低く、180万/μLにしかならなかったので、今回は残す血漿の量を0.5ccにして検査用のPRPを作製し、血小板濃度を測定しました。前回より残す血漿の量を減らしたので、今回のPRPの血小板濃度は前回の180万/μLより高くなるはずだったんですが、実際に血小板濃度を測るとと135万/μLにしかならなかったのです。「あれ?なんでこんなに低いん?」もちろん多少の誤差は出ますが、同じ人でこれだけの差が出るのはおかしい。「もう1回測ってみようか」検査用の試験管の血液は使ってしまったので、実際に注入するPRP用の試験管で残す血漿の量を0.3ccにしてPRPを作製し、血小板濃度を測ってみました。残す血漿の量が0.5ccでPRPの血小板濃度が135万/μLというのが正しければ、残す血漿の量を0.3ccにすればPRPの血小板濃度は225万/μLになるはずです。しかし実際には、101万/μLと、さらに低くなってしまったんです! 「何が起こったん??」 いつもPRPの作製は主にコロコロS君としていたのですが、最近は優秀な中国の留学生、怪力Rちゃんも参加しています。その3人で頭を抱えてしまいました。そこでコロコロS君が「なんかおかしいですね。顕微鏡で見てみましょうか?」現在当院では、PRPの血小板濃度は「血球計数機」という機械で測っています。この機械は簡単に言うと顕微鏡で拡大した写真に写った単位面積あたりの血小板の数を自動的に数えてくれる機械です。最近はスマホでも指紋認証とかあるくらいだから、映像解析の技術を以ってすれば血小板をコンピュータが数えるなんてお茶の子さいさいなのかもしれませんが、便利になったものです。この機械を導入するまではコロコロS君が顕微鏡で実際にPRPの血小板を見て、カウンターで数えて血小板濃度を測定していたんですから・・・。 さて、コロコロS君が久々に顕微鏡を引っ張り出して血小板を見てみると・・・ 「先生、血小板が凝集しています!」 顕微鏡を覗いてみると、なんと血小板が塊になっているではありませんか。血小板は元々くっつき易い性質を持っていて、血液は時間が経つと固まってしまうので、PRPを作製する時はクエン酸ナトリウムなどの「抗凝固剤」を血液に混ぜるのですが、どうもS様の血小板は普通の人の血小板よりもくっつき易かったようです。血球計数機では塊は一つと数えてしまうので、PRPの血小板濃度が低く出てしまってたんですね。(なんだ・・・コンピュータの映像解析技術もこの程度なん? やっぱり人間って凄いんですね。ま・・・考えてみれば、人間は双子の兄弟の顔を見れば双子だって大抵分かりますが、コンピュータの顔認証とかだったらまず無理でしょうね。改めて人間の奥深さに敬服です・・・。) 原因は解明したものの、さてどうしたものか。今からPRPを作り直すには、血液も時間も足りません。考えた挙句、最初に作製した検査用のPRPに抗凝固剤を加えて攪拌してみました。何回も攪拌するのは結構力が要るので途中から怪力Rちゃんに混ぜてもらい、再度血小板濃度を測定すると、予定通りの220万/μLに!! ミクロの世界でもRちゃんの怪力は通用したのでした! ・・・しかし、いつもと違う作り方をしたので、もう1本のPRPを作製する時の計算方法が非常に難しくなってしまいました。通常は検査用のPRPの血小板濃度から注入用のPRPの血小板濃度を計算して残す血漿の量を決めるのですが、抗凝固剤を混ぜたりしたので正確に計算できません。どうしよう・・・? しかし3人寄れば文殊の智恵。「さっきと同じように作ればいいんじゃないんですか?」コロコロS君の発案で、血漿残量を0.5ccにして血小板濃度を測定し、測定した残りのPRPに抗凝固剤を0.15cc加えて攪拌し、さらに血小板濃度を測定。ここでも怪力Rちゃんが活躍! そうして無事に220万/μLの血小板濃度のPRPを2本分作製する事ができました。 お蔭で3人の昼休みはほとんどなくなってしまいましたが、優しいNちゃんがサンドイッチとコーヒーを買って来てくれて、5分で昼食。S様には「今回はちょっとハプニングがあってPRPを作り直したりしたので、前回よりも効果が出にくいかもしれません」とお断りしたのですが、無事注入が済み、術後診察に来ていただいた時には「すぐに効果出ましたよ!」と言っていただいて一安心。ご満足で海外にお帰りいただく事ができました! 今回のハプニングでは最初はどうしたものかと頭を抱えましたが、みんなであれこれ考えて乗り切る事ができると、時間や手間がかかっても、とても達成感があるんですよね。私だって筋金入りのリケジョなんだから。今度、割烹着来て診察するか・・・。それは冗談としても、最終的に患者様に喜んでいただけると感動もひとしおです。研究室を作って良かったなあと、しみじみ思えた出来事でした。それと同時に、やっぱりPRPはまだまだ研究の余地もあるし、続けていかないといけないな・・・と思った瞬間でもありました。 先に申し上げた通りPRPは再生医療に分類されるものなので、今後は治療申請などが大変な手間になると思われます。面倒な申請をしてまでPRPを続けようとするには、かなりの真面目さと熱意がなければできないかもしれませんね。倫理委員会の設立には医師の他に法律家なども必要なので前途多難ではありますが、当院は一応PRPを続ける方向で申請に向けて何をどうすべきかを検討中です。京大再生医科学研究所のT先生(T先生について詳しくはクリニック通信第120回・133回をご覧ください)にもお話を伺い、共同研究も進める方向に向かっていますので、また経過をご報告しますね。困難は乗り越えるほどやりがいがあるものなので、頑張ろうと思っています。皆様も応援してくださいね!

第144回 (2015年3月) 「進化するバレンタインデー」

こんにちは! 柴田美容皮膚科クリニックの柴田です。まだまだ寒い日が続きますが、陽射しには少し明るい春の兆しが感じられてきましたね。皆様はいかがお過ごしでしょうか? 2月と言えばバレンタイン。もう日本では、チョコレート商戦に乗せられて建国記念日よりも有名な日になってしまったのではないでしょうか…。かなり以前ですが、海外で学会があった時にバレンタインデーと重なったので、現地でチョコレート買わなきゃ…と思って探したのですがバレンタイン仕様のチョコがありません。現地の人に聞くと「何?それ? バレンタインデーは大抵、男が女の子にプレゼント贈るんだよ。日本では女の子が好きな男にチョコレート贈るの? へぇ…それはいいね。僕も今日だけ日本人になるからチョコ頂戴!!」ってからかわれた事があります。私は中学生の時に「昔のヨーロッパでは愛の告白は男性からしかできなかったんだけど、年に一度、2月14日だけは女性から好きな男性に告白してもいい日になってて、好きな人にチョコレートを贈って告白するんだよ…」ってちょっとおませな友達に教えられ、それをそのまま信じていました。「へぇ…そうなんだぁ…ヨーロッパではそうなのかぁ…」と感心してたんですが、まぁその頃はインターネットもない時代ですし、ヨーロッパはおろか東京の情報だってまともには分かりません。パリのうら若き女性が手作りチョコレートを小さなバスケットに入れて石畳を歩いて行き、男性の家の前で「どうしよう…?」ってモジモジしているところなんかを一人で想像していたものです…^^;)。まぁ…今考えればあの「おませな」友達も私も、見事に日本のチョコレート業界にしてやられただけだったんでしょうけど。人間はいつの時代も「そうあって欲しい」と思う事は事実であるかどうかに関係なく容易に信じるって事なんでしょうね。 話は戻りますが、昔はバレンタインと言えば彼氏に気合の入ったチョコやプレゼント・・・っていうのが多かった気がしますが、今は季節の挨拶のような気がするのは私が年をとったからでしょうか? なんとなく、社会の流れがそうなってきているような気もするのですが・・・。コロコロS君じゃないけど、バレンタインの季節にはクリニックにも患者様から気の利いた贈り物をいただくことがよくあります。美味しいものをいただくと(T様にいただいたかりんと饅頭やF様にいただいた昆布茶など・・・)食いしん坊のスタッフ達の間で奪い合いになってホント大変なんです・・・^^;)。今年のバレンタインのプレゼントで驚いたのはK様からいただいた「かきたねキッチン」。なんとあの柿の種がお洒落なパッケージに収まり、チーズ味や抹茶味、イチゴ味まであるではないですか! あまりにも美味しくて、またまたスタッフ間で奪い合い。「持って帰ってもいいですか?」なんて言う奴まで出てくる始末です・・・。私も柿の種はピーナツと一緒になった普通のあられタイプしか知らなかったのでびっくり。柿の種と言えば先月号に登場した私の母の大好物で、母が柿の種をはじめとするおかきやピーナツを食べ過ぎて成人病の宝庫になったせいか私はそのたぐいがあまり好きではなくて、自分で買う事はありませんでした。ところがK様にいただいた「かきたねキッチン」はあまりにもお洒落で美味しかったので、取り寄せてみようとネットで調べたら、たどり着いたメーカーさんのホームページを見て驚きました。 なんと、元々は「あられ」屋さんなんですね。あられがこんなにお洒落に進化できるものだったとは!「かきたねキッチン」は柿の種の進化版で、かわいいキューブ型のパッケージがあり、チーズ味の他にも山葵・海鮮塩だれ・じゃがバター・キャラメルラテ味まであります。合わせるナッツもピーナツだけではなくてカシューナッツやアーモンド、ジャイアントコーンなど。バレンタイン仕様となるとパッケージはさらにお洒落になってミルクショコラやレモンソルトショコラ・ポルチーニクリーム味まで登場し、ナッツの代わりにアーモンドチョコが入ったものなども。ホームページを読み進むと他のあられもスタイリッシュに進化していて、スパークリングワイン味のものまであります。なんと現代人の好みの変化に柔軟に対応している事か。(ちなみに私はこのメーカーさんの回し者ではありません・・・^^;)。単純に美味しかったのと、あまりにも現代風に進化した「柿の種」に感服しちゃったんです。) やっぱり潰れない会社って時代の流れや変化を敏感に察知し、それに順応して進化している会社なんですね。このメーカーさんも過去の「あられ」の成功にあぐらをかいていたら今の進化はなかったんだろうと思います。「守株待兔」に甘んじる事なく、常に時代の変化に対して果敢にチャレンジしていく事でこのような地位を維持できるんだなぁ・・・と感心しました。当院も、「久しぶりにホームページを見たらすごく進化しててびっくりした!」と言われるようにならなければ・・・と思い、さらに研究に励んで新しい治療を開発し、進化しなければと思った次第です。   新たな治療と言えば手前味噌で恐縮ですが、先日メニュー化した輪郭注射はお陰様で大人気です・・・(^^)。輪郭注射はフェイスラインや二重顎の脂肪を減らして引き締め効果もある注射なんですが、何と言っても患者様の満足度が高いんですねぇ。誰から見てもフェイスラインがスッキリした!という方はもちろん満足度は高いんですが、こちらから見るとなんとなくスッキリされたけど劇的な変化ではないなと思う方でも、「すごくスッキリしました!」と喜ばれる方が多いんです。人から見るより自分で見た時の方が分かり易い変化なのかもしれませんね。「お友達がすごく満足してたので・・・」と言って来てくださる方もおられ、「他の部位にもしたい」と何度も来てくださる方も・・・。以前の脂肪を減らすメソセラピーに比べて腫れや痛みが格段に少ないのも、気軽に受けられる人気の秘密かもしれません。メソセラピーは注射後ジンジン痛いだけでなく、当日より翌日もっと腫れ、頬に打つと「顔が四角になった」という方や「2週間腫れた」という方もおられましたから・・・。(当院でもモニターになったコロコロS君やポチャポチャNちゃんも、丸い顔が注射の翌日は見事に四角になってました。)輪郭注射は予約が一杯で2月中のスタートキャンペーンを受けられない方も出てきたため、3月も引き続きキャンペーンを行う事になりました。・・・ちょっと宣伝モードになってしまったのですが、ここ最近で一番嬉しい出来事でした。 毎年この季節になると大丸のバレンタインデーチョコの特設コーナーにも行くのですが、もうため息のでるようなチョコばかりですね。本当に芸術品と言ってもいいのではないかというような美しいものもあります。最近流行りのマカロンも、バレンタイン限定のチョコレート仕様のものも出ていました。日本のバレンタインデーはチョコレート業界の陰謀で世界的にはちょっと外れた方向で進化したようですが、その環境の中で世界一と言ってもいいような美しいチョコレートを生み出す力を持っているのも日本の良さなのかもしれません。今日は頑張った自分へのご褒美にちょっと高級なチョコマカロンを食べて、また明日から頑張ります!

第143回 (2015年2月) 「がんばりまっせ~! PartⅡ」

こんにちは! 柴田美容皮膚科クリニックの柴田です。寒い日が続きますが、風邪などひかれてないでしょうか? 皆様はどんなお正月を過ごされましたか? 私は今年のお正月は、年賀メールにほぼ費やしてしまいました。殆どの事がメールやLINEのネット経由で済んでしまう世の中で、お正月だけは未だに年賀状という超アナログな手段でコミュニケーションを取るのもなんだか不思議ですが、このような風習も時代と共に変化するんでしょうね。周りにはお正月の挨拶は電子メールのみ! とした人もいますが、私はまだ年賀状も継続しています。しかしアドレスが判っている人には3年前から年賀メールを始め、今年はついでにスタッフや看護師の紹介もお願いしたのですが、メールでは全員に同じ文面で出すのも変な感じがして、しかも人数が多いので連絡先のグループ分けや文面の変更などが結構大変でした・・・(>_<)。 そんな訳で、他は1日実家に日帰りしたのみ。いつもお正月は両親2人暮らしの実家に姉一家と私が集まって昼間から宴会・・・という形になります。10年ほど前までは母がご馳走を作ってくれてたんですが、去年で父は90歳、母も87歳になってさすがにおせちを作るのは無理になったので、今年は姉が購入したおせち、私はクリニック通信第119回に登場したO様から贈っていただいたおせちを持参しての会となりました。母は最近ちょっとボケてきて物忘れが激しいのですが・・・^^;)、それでもお酒が好きな姉の旦那のために池田の銘酒「呉春」の特級を近くの酒屋から仕入れ、「(姉の旦那に)呉春の特級飲ましたってや!」と何回も言っていました。この通信でも何回か書きましたが、母は成人病のデパートであり、腹部大動脈瘤で人工血管置換術を受けたり、心筋梗塞を2度起こして冠動脈のバイパス手術を受けたり・・・という生死の綱渡りを何度もしているにも関わらず(詳しくは通信第83回「がんばりまっせ~」、第12回「プラセンタの驚異」をご覧ください)、本人は強気で「ワテ、90まで生きるで!」と言っては、父が「ホンマ、厚かましいやろ・・・」とツッコミを入れる。それは毎年恒例のお正月の変わらぬ実家の風景でしたが、こちらは「今年も無事お正月を迎えられたなぁ・・・」と思っていました。 しかし、ほっとしたのもつかの間。お正月明けの1月7日、朝から携帯が鳴ったと思うと父からで、母が心臓を診てもらっている国立循環器病センターで転倒し、骨折してしまったらしい。そこには整形外科がないのでどこかで診てもらうように、との事でした。「しもた!!」母くらいの高齢者になると、転倒による骨折は命取りになりかねません。昔整形外科医をしていた私はそんな事は百も承知だったのに、最近は忙しさにかまけて「転ばないように」という注意を両親に再三していなかったのを悔やみましたが、後悔先に立たず。昔勤めていた吹田の病院で、元整形外科部長K先生が院長をしているのですぐに連絡を取り、救急搬入してもらいました。高齢者の転倒による骨折で一番多いのは大腿骨の頚部骨折です。昔はこの骨折で歩けなくなって寝たきりになり、肺炎などの合併症を引き起こして亡くなる人が非常に多かったのです。最近は手術をするようになって、頚部骨折後の死亡率はかなり減りましたが、高齢で合併症が多いと麻酔や手術のリスクは高くなります。母の場合は心血管系の合併症は最大級、おまけにボケもある・・・もし頚部骨折だったら、リスクは非常に高いので厳しいなぁ・・・。そんな事を考えながら吹田の病院に向かいました。向かっている途中でK先生から電話が。「頚部骨折とちごて、骨盤骨折や。右大腿骨頭の中心性脱臼みたいになってるわ・・・」えーっ!なぬ?? 骨盤骨折って・・・頚部骨折よりたち悪いやん! 取りあえず、今の吹田の整形の中では一番しっかりしている後輩M君に主治医になってもらうように頼みました。 最近はネットで病院の真実なども沢山書かれているので昔ほど閉鎖的ではなくなりましたが、それでも一般の人には大きな病院の内部事情は良く分からないのではないでしょうか? あんまり書くと医者仲間から総スカンを食らうので、ちょっとオブラートに包んで書きますが、医者は本当にピンからキリまで・・・もっと言えばビギナーからゴッドハンドまで多種多様です。(どこがオブラートやねん??)特に外科系になると通常主治医が手術をしますが、手術は一種の職人技なので医師免許云々や知識以前に「器用さ」が大きく影響します。普通の世界でも何でも要領良くこなす人と、何度やっても上達しない人っていますよね・・・。あれです。ところが困った事に、不器用なのに手術が好きな外科医も結構いる上、術前・術後の管理もきちんとした医者とそうでない医者では雲泥の差があります。まぁ・・・コレ以上は言えませんが、とにかく主治医が違うだけで生死を分ける事は多々ありますので、皆様くれぐれもお気をつけください・・・^^;)。 病院に向かいながら「去年の年末に母の誕生会を早くしたのがいけなかったのかな・・・」とか(誕生日祝いは早よしたらあかん、っておばあちゃんが言ってたのでちょっと気になってたんですが、調べるとやはり誕生日を前倒しに祝うと寿命を縮めると言うらしい)「最近忙しくてあんまり両親にかまってなかったな・・・」とか、反省しきり。病院に着いて3DCT(CTの画像を再構築して立体的に見えるようにしたもので、私が吹田にいた頃はなかった。医療も進歩してますねぇ・・・)を見せてもらうと、えらい事になっています。股関節は寛骨臼という骨盤のお椀のような窪みに大腿骨の骨頭(頭の部分)がボールのように収まっているのですが、骨頭がお椀の底を突き破ってくい込み、骨盤が何箇所も折れています。痛みに強く、普段は「注射なんか痛ないで!」と言っている母が「痛い、痛い!!」と叫んでいるし、顔色も悪い。骨盤骨折は骨からかなり出血するので、血圧も下がっていて、こりゃ本当にやばいかも、と思いました。それに骨盤の内側には太い動脈があるので、骨折で血管が損傷されるとかなり危険なんです。幸い大きな血管損傷はなく、夕方になって血圧も落ち着き、痛み止めで痛みも和らぎましたが、さあ治療をどうするかでK先生もM君も頭をかかえています。若い人なら牽引(大腿骨に針金を刺して重りで足を引っ張る処置)をしてその後手術ですが、この年になると手術の時にかける麻酔だけで死んでしまう可能性もありますし、手術は成功しても後遺症で完全ボケ老人になる可能性も大きい。牽引で動きにくくなるだけでボケる事も多いし、高齢の女性は大抵骨粗鬆症なので、牽引中に針金で骨が切れてしまう事もあります。でも何もしなければ車椅子どころか、寝たきりになる可能性だって大きい訳です。まさに主治医にすれば何を選択しても「火中の栗」を拾う事になるので、普通だったら担当したくない患者です。(ごめんね、M君。) そんな時、私が吹田の病院にいた頃に医者より頼りになると言われていた看護師、自称キャサリンがお見舞いに来てくれました。(若かりし頃は合コンで自己紹介の度に「キャサリンでーす!」と言って出席した男性の度肝を抜く・・・というテクニックを駆使していた彼女も、はや50歳。キャサリンにもくっきりと目立つ深いシワが・・・。年月とはかくも残酷なものですね・・・^^;)。今度、無料モニターに誘ってあげよう・・・。ただ、彼女のFacebookは相変わらずシモネタのオンパレード。人間って外見は年をとっても中身は変わらないのね・・・(^^)。「主治医をM先生にしたんは正解やわ。そやけど最近の吹田病院はいろいろあって、積極的な治療はしにくいらしいよ。他の病院にも聞いてみたら?」と彼女に言われ、M君に3DCTの画像を印刷してもらい、スキャンしてメール添付で大学にいる後輩F君や北大整形の股関節専門の友人I先生に送って診てもらいました。(こんな事ができるのも、便利な世の中になったもんですね。)整形外科は股関節や膝や手など、部位によって専門分野が分かれているので(ちなみに私は手の外科が専門で、手首の関節の手術をよくしていました)、やはり餅は餅屋で、専門分野の人の意見は貴重です。 F君は昔吹田で一緒に働いていて、当時母はよく10人分位のお弁当を作って病院に持って来ては後輩達に配っていたので母の事もよく知っていたため、股関節班の後輩を集めて相談してくれました。そして「合併症多いし手術はやめといた方がええなぁ。でも牽引くらいはしたら?」 I先生は「直達牽引もいい方向に引っ張らないとリスクは高いし、腰椎麻酔が可能なら徒手整復(手で引っ張って骨折のずれを戻す方法)を試みて、ダメなら小さな切開でねじを大腿骨に刺して引っ張れば戻るかもしれないけど、私の母なら保存療法かな・・・」専門家の話でも、かなりリスクは高そうです。一時は手術も牽引も諦め、片足で移動だけできるようにリハビリを頑張るのがいいのかなぁと考えました。しかし、3日後に再度病院に行くと、痛みで動けないせいか、すでにボケが進んでいます。このままでは完全にボケてしまいそう・・・。以前の通信にも書きましたが、私が整形外科を選んだのは変形した母の膝を治すため。そのために激務に耐え、母の膝の手術は自分で執刀しました。なのに整形外科的なケガで何もせずにボケさせてしまうなんて、悔やんでも悔やみ切れません。それに母の性格を考えると、リスクを恐れて何もしないという選択肢はないのではないか・・・と考えました。以前に腹部大動脈瘤の人工血管置換術をするかどうかという時、リスクが非常に高いので周りの殆どの人は止めたにも関わらず、「絶対手術する!」と言って聞かず、「何にもせんと後で破裂して死ぬんやったら、今手術して死んでもかまへんねん。わて、勝負に出たいねん!」そう言っていた母です。心臓のバイパス手術の時も周りの心配をよそに、「手術しまっせ! がんばりまっせ~!!」を連発していた母です。やはり自分の命なので、ボケて来たとは言え、最後は本人の意思が重要だと思って聞いてみました。 「今危ないけど後がようなるかもしれへんのと、今は無難やけど後歩かれへんのと、どっちがええ? もし手術するとしても、今回は本当に危ないねんで。ほんまに死ぬかもしれへんけど、どうしたい?」 母は間髪入れず、「そら今危のうても、後がええ方がええがな!」この時ばかりは非常にはっきりした声でそう答えました。 母の言葉で、やはりリスクがあっても何らかの処置をして、母の残りの人生を少しでも良くした方がいいと思い、もう一度北大のI先生と相談しました。骨折はあまり時間が経つとずれた位置から戻りにくくなるので、整復や手術をするならリミットは2週間。吹田の病院でするのが無理なら転院も考えねばなりません。大急ぎで循環器病センターの主治医K先生に手術や麻酔が可能か相談すると、幸い心機能は保たれているので、腰椎麻酔での手術は可能だと。吹田病院でできない時はどこの病院がいいかも教えてもらいました。そして主治医である後輩M君に相談。循環器の主治医にOKもらったからと、腰椎麻酔で徒手整復し、無理なら小切開でねじを骨に刺して整復する案をもちかけると、「えーっ!! アグレッシブ(リスク承知で積極的)な事言うてくれはりますねぇ。僕ビビリやから、そこまでようしませんわ・・・。関節内に局麻入れて透視下に徒手整復ぐらいやったらしますけど・・・」透視下徒手整復というのは、X線で骨折部を見ながら整復する方法です。それもいいかも、と思ったので取りあえずその方法でやってみて、整復できればラッキー、できなければ転院を考えようと思って「火曜の3時半以降か水曜日なら私も手伝えるから」と言うと、律儀なM君は翌日火曜日の3時半に、透視室を予約してくれました。   翌日大急ぎでクリニックの診療を終えて吹田の病院へ。ところが、病室に着くと母はちょっとしんどそうにしています。M君は心配して「どうします? やめとく・・・?」しかし母は、「やっぱりする! してください!」と。そして私に向かって「せっちゃん(私の事)。あんたも手術手伝うてくれるんかいな。おおきに! 手術終わったらお小遣いあげるからな!」・・・そらおおきに。ほんまにその機会あるんやったら・・・と言いかけてやめました。そして母の「お願いします!」の一言が合図となり、全員が黙ったまま透視室へ移動します。M君がエコー(超音波画像)を見ながら股関節の関節内に上手く針を刺し(これも新しい技術で、M君はこの方法を学会で教育講演などしているそうです)、私がアシストして局所麻酔剤を注入。久しぶりにプロテクター(鉛の入った放射線防護衣)を着て、透視を見ながら一人が骨盤、一人が大腿骨を持って引っ張ります。何度か引っ張ったり動かしたりしていると、ガクッ・・・という手応えが。「あれ、ちょっと戻ったんちゃう?」少なくとも最初の3DCTよりはいい感じ。透視で見ると関節の荷重面(体重をかける部位)は保たれていて、これなら右足に体重をかけられそうです。おぉ。こっ、これはラッキーだ! ちょっとなんとかなりそうな感じです。こんなに悪運強い人も珍しいんじゃない? ビビリながらも頑張ってくれたM君、ありがとう!! アドバイスしてくれたI先生、循環器のK先生にも感謝! みなさん本当にありがとう! 処置が終わって、10年ぶりに着たプロテクターを脱ぐともうヘトヘトでした。しかし、やっぱり母は半分ボケても運が強いようだ。父も昔から母の事を「悪運が強い」と言っていましたが・・・。母が心臓のバイパス手術を受ける時、以前主治医だったA先生がくださった「他人の人生経過で医師が介入できる部分はわずかで、あとはその人に定められた運命通りだと思います。過去に何度も修羅場を切り抜けられたお母様の運に、今回もきっと守られると信じております」というメールを思い出しました。この通信の原稿を書いている最中にも、ニュースでかつての柔道オリンピック金メダリストの斉藤さんが54歳の若さで亡くなったと報じられていました。鍛えあげられた体はもとより、精神力は誰よりも強いはず。そのような人ですら「定められた運命」の前ではこれ程までに無力なのか・・・と思ってしまいます。その点母の事を考えると、このような若く道半ばで逝ってしまわれる人には悪いような気がしてしまいますが・・・。それでもそれが母の運命であれば、せっかく授かった命なので後はこれ以上ボケないように、せっせとプラセンタ注射を打ちに吹田まで通わねばならなくなりました。ホンマ、どれだけ手がかかっても「おおきに!」で済ませるんやから・・・。まぁ、そうやって母の面倒を見るっていうのも私に与えられた運命なんでしょうね。私も老体に鞭打って、まだまだ「がんばりまっせ~!!」